元傾国の悪女は、平凡な今世を熱望する
 思い返してみれば、わたしにとって、『幸せ』とは『生きる』ことだった。

 『もっと生きていたかった』とか、『どうしてこうしなかったんだろう』みたいな後悔を抱えることなく、普通にご飯を食べて、普通にお買い物をして、普通に結婚をして、普通に子どもを産んで、『楽しかった』、『やり切った』って思いながら死んでいく。
 『平凡』っていうのは、そのための十分条件であって、必要な条件ではなかったのに。


「一度きりの人生だ。デッカいことをやらないで何になる? どうせなら歴史に名を刻むぐらいの気概を持って生きた方が幸せだろう?」


 すると、オースティンは悦に入った表情で、そんなことを口にした。


(そうね……オースティンの言う通り、平凡じゃなくても幸せになることはできる)


 ただ、人によって幸せの定義が違うだけ。

 わたしは悪女として名を馳せることは望まない。歴史に名を刻むのなんてまっぴらごめんだし、社会を大きく覆そうとか、そういう大それたことを考えようとも思わない。


(だけど)

「もうすぐだ……もうすぐ地上で無数の爆発が起こり、王族が滅びる。貴族たちが殲滅される。俺たち魔法使いの時代が始まるんだ」


 他人を不幸に陥れようとしている人間をそのままにしておくことは、わたしの幸せの定義からズレている。


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