元傾国の悪女は、平凡な今世を熱望する
「……ダンスなんて踊ったことないのに」

「良いんだよ、それで。そっちの方が一生の思い出になるだろ?」


 殿下の背後に見える星空が、キラキラと輝いて美しい。


「そうですね」


 わたしはきっと、この光景を一生忘れることは無い。

 ほんの少しの間交わっただけの、わたしと殿下の人生。けれど、そんな日々がずっと続くわけじゃない。

 わたし――――ザラの生まれたこの国は、前世とは違う。
 配偶者は一人しか認められないし、明確な身分の差が存在する。寵愛を受けたから成りあがれるなんて慣例はない。

 その代わり、貴族達は余所に愛人を作るっていうのが一般的らしいけど、誠実な殿下がそんなことを望むとも思えない。

 だからこその一生の思い出。
 わたしたちが結ばれることはあり得ない。


「楽しかったです――――」


 殿下に出会えたこと。共に時間を過ごせたこと。
 星が瞬くほどの一瞬の間だったけれど。わたしはその間、確かに幸せだった。


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