悪役令嬢リセルの恋

　青信号が点滅する横断歩道。車にぶつかった衝撃で飛ばされた体は不思議にも痛みを感じない。
　──こんなに短い人生なら、人の顔色ばかりうかがわず、もっと心の赴くままに生きればよかった……。
　心に浮かぶのは後悔ばかり。
　薄れていく意識の中で最後に見たのは、澄んだ青空とビルに掲げられた新作映画の看板だった。

「とにかく、内緒で行動しないと」
　ひそかにつぶやくと、耳慣れない声が響く。これはまったく別人のもの。けれど今は自分の声。夢であってほしいと願うけれど、現実としてしっかり受け入れるしかない。
　今の名前はリセル・シルフィード、二十三歳。伯爵家の娘だ。でも中身は生粋の日本人である、当野結衣。目覚めたら、見知らぬ部屋で寝ていたのだ。
　六畳間がいくつも入るほどの広い部屋。鏡を見れば、見事なまでの赤い髪とエメラルドのような緑色の瞳、目元がキツイけれど美しい顔があった。
　きめ細かな白い肌とつややかな髪は手入れが行き届き、スタイルも抜群。どう考えても貴族の令嬢であると認識したのだった。
　大きな屋敷に住んでいることと家族構成を確認し、自分の置かれている状況を知ったのは目覚めてすぐのことだった。
　それもリセルの母である伯爵夫人の怒鳴り声によって、ここが有名な本の世界であることを知ったのだ。