悪役令嬢リセルの恋
 今なら市も立ってるはずだときいたとおり、屋台のような臨時店舗もでていて、とてもにぎわっている。

「わあ、すごい」

 ここならば目的のものもありそうだ。
 情報を得たくて、手近にいる買い物かごを下げた中年の女性に「すみません」と声をかける。
 ふりむいた女性はなんとも温和そうな顔で「なんでしょう?」という。
 この人ならばなんでも知っていそうだし、快く教えてくれるはずだ。
 ニヤッとしながら優しい声で「教えてくださいな」と口火を切ったのに、あろうことか彼女は青ざめ、震えながら「ごめんなさい!」と叫び、逃げてしまった。

「え……なんでよ?」

 敵意のない笑顔を向けたのに、あんな反応をされるとはどうにも腑に落ちない。
 ──笑顔が変なのかな? この美しい顔のどこが?
 リセルは手近にある店のウィンドウに姿を映した。
 装飾の少ないドレスを着ているものの、姿勢正しく凛と立っている姿は貴族然としている。平民にとっては恐ろしい存在なのかもしれない。
 ──しかも、悪役令嬢だものね……。
 中身は一般的な日本人だけれど、リセルは世界のイジワル令嬢の見本となっているような人物なのだ。
 試しに先ほどの笑顔を作ってみると、なにかを企むような顔が映っていた。いくら柔らかく接しようとしても体に染みついている意地の悪さは隠せない。

「でも、困ったわね」
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