悪役令嬢リセルの恋
 ガラスっぽいそれは現代でいうビー玉のようで、何個も転がっている。逃走男がやみくもに店のものを投げた際、何らかの理由で落ちたものに違いない。
 学生時代の部活はソフトボール部。しかもピッチャーである。コントロールには自信があった。
 リセルは玉をいくつか拾い、走ってくる男の足元に転がるよう狙いを定め、ぽいっと投げた。うまくいけば玉に足を掬われて転ぶはずだ。

 逃走男は目論見通りに地面に転がった玉で足を滑らせ、「うわあっ」と声を上げ前のめりになり、地面に顔を強打してのびている。
 そこに追いついた大柄の騎士がどしんと馬乗りになった。

「ぐええぇぇぇ」

 逃走男はカエルがつぶれたような声を出し、大柄の騎士は嬉々とした表情で「観念しろ!」とのたまった。一件落着である。

「ふぅ、うまくいったわね」

 と、ほっとしたのはつかの間だった。

「あいたたたた……」

 通りでうめき声をあげて倒れている老婆が目に入り、リセルは急いで駆け寄って支え起こした。

「おばあちゃんどこが痛いの?」
「足も腰も……それに買い物した荷物も吹っ飛ばされてバラバラだよ。まったく、ひどいもんだねぇ……」

 ほかにも転んだ人が何人もいるし、物が散乱した通りは嵐が去った後のようだ。
 騎士たちは通りの真ん中に集まっているだけで、指揮をとって事態を収拾する様子は見えない。
< 7 / 57 >

この作品をシェア

pagetop