私の嫌いな赤い月が美しいと、あなたは言う
やりなおし



***



私の中の『真音』と『マノン』が綺麗に混ざり合って、新しい『伊集院真音』を形成していく。

これまでの真音と決別すると、屋敷のことがよくわかってきた。

分家からの指示は、なんらかの形で乾が受けているようだ。
乾はそれに従って義母を動かしているように見えて、自分の意志を通している。
要するに義母を隠れ蓑にして、自分の思うとおりに伊集院家を動かそうとしているのだ。

義母も義妹もまったく気が付いていないから、高価なものを買ったり夜会に出たりして派手に過ごしている。
もちろん、私の悪評を流すことも忘れていないけど。

(お父様が帰ってくるまでになんとかしないと……)

乾の考えはいまひとつわからない。
父が帰るまでに伊集院家を乗っ取ろうとしているかに見せかけて、逆にこの家を貶めているのだ。

(目的がわからない)

このまま義母たちに散財を続けさせて裏金を分家に流しても、たいした旨味はなさそうだ。
乗っ取ったとしても金も名誉も失っていたら困るだろうに、乾がなにを目指しているのかわからない。

なんとか義母たちの暴走を防ぐため、私は伊集院家の建て直しに全力を傾けるようになった。

取りあえず、乾が勝手に弄っていた帳簿の確認から始めた。
もちろん私の力では限界があるから、榊とその部下の手を借りている。

「明らかに、二重帳簿をつけていたようです」

「奥様たちが買った品物の値段を誤魔化して、分家に流れるように上手くやっていましたな」

次々にあがってくる報告は、頭の痛い内容ばかりだ。
乾が二重帳簿で分家に流したお金は、けっこうな額になる。

ただ、お金よりも本家と分家の確執が世間に漏れた時の方が伊集院家にとっては大きな痛手だ。
分家が仕掛けた伊集院家乗っ取り計画は、貴族たちのなかで格好の噂となるはずだ。

(噂ぐらい厄介なものはない)

私自身が身をもって体験していることだ。
悪い話は一度流されたら取り消すのは難しい。他人の口に戸は立てられないから余計にだ。
義母たちのせいで、愚かで気が利かないうえに散財ばかりする『伊集院真音』という名の別人が社交界には存在するのだから。

義母と義妹が乾のことを頭から信じているから、父が留守の間の権限を榊に取り戻すのは大変だった。
調べが進むと、乾の口車に乗せられてここ数年の間にドレスや宝石だけではなく、偽物の美術品も買わされているし、詐欺まがいの投資にまで手を出していたようだ。

「こんな扱い、許されるはずないわ」

ギャンギャンと煩いので、ふたりは離れに隔離することにした。
昔は罪を犯した家族を押し込める座敷牢があったところだが、現在は美しく整えて貴人の収容場所といったところだろうか。






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