私の嫌いな赤い月が美しいと、あなたは言う
「あなた様が?」
「あの夜は、燃えるような美しい月だった。君がいなくなると思ったら、悲しくて辛くてたまらなかった」
「でも、あなた様は私などいない方がよかったのでは……」
「許して欲しい。君に辛い思いをさせたことを」
「レイモンド様」
「君に甘えていたんだ。幼い頃からいつもそばにいてくれたというのに……裏切るような真似をした私を許して欲しい」
国王となる重責に耐えられず、自分に比べて優秀なマノンに劣等感すら抱いた。
それをローザに溺れることで忘れようとしたのだ。
無知なローザが与えてくれた安らぎは、かりそめのものだとわかっていたというのに。
「気が付けば、後戻りができなくなってしまっていた」
現実から逃げてしまった弱い自分が恥ずかしくて、誤魔化すことしかできなかったと言う。
「愚かだった。僕のような男にはマノンに相応しくない。だから白い関係にしようと考えたんだ」
「そんな!」
「ローザを愛していたのかどうか、もう忘れてしまった……けれどマノンを失った瞬間に、いかに君を愛おしく思っていたか気が付いた」
「今になって……それをおっしゃるのですか?」
真音の頬には滂沱の涙がつたっている。
「だから美しい赤い月に願ってしまった。マノンを愛しているから……」
真音はもうなにも言えなかった。
「許してくれ……マノン」
気が付けば、貴嗣としてずっと真音を気にかけていた。
どうしてだろうと不思議に思っていたら、乾に刺されたことですべてを思い出したのだ。
貴嗣としての身体は、すでに限界を超えていたことも。
「君を守れてよかった。マノン……幸せになって……」
それが貴嗣の最期の言葉だった。
貴嗣を包み込んでいた光は崩れ、貴嗣自身も跡形もなく消えていく。
金色の粒子だけが、サラサラと風に舞って散っていった。
闇の中をどこへ運ばれていくのだろうか。
真音はただ茫然と、見えなくなってもなお金色の光の行方を追っていた。
(どこに行くの? 赤い月の世界に帰っていくの?)
真音にとっては二度と見たくない、燃えるような赤い月だ。
(大嫌いな赤い月が……美しいというの?)
涙が頬を流れるが、真音は拭おうともしなかった。
レイモンド様の心がマノンにあったと知っても、もう遅い。
マノンはもう生きてはいないのだ。
「真音!」
誓悟が叫ぶ声が聞こえたが、そのまま真音は意識を失った。