私の嫌いな赤い月が美しいと、あなたは言う
答えはひとつ



***



「おそらく、病に侵されていた貴嗣様のお身体に、レイモンドという方の心が入り込んでいたのでしょう」

「その方の強い念が、死が間近に近づいていたお身体を動かしていたとしか思えません」

「記憶を思い出し、真音にすべてを打ち明けたことで安心したということか……」

榊と九鬼の声が聞こえる。ふたりの会話は耳に入るし理解できるのだが、私の身体は鉛の用のに重くて動かせない。

でも、暖かくて柔らかい羽根布団に包まれているのはわかる。

(ああ、あの日は夢ではなかったのね)

あの狭い小屋の中で薄い布団に寝かされていた記憶はあった。
夜会でマノンとしての記憶が流れ込んでからの日々が夢であって欲しかった。

ゆっくりと重い瞼を開けてみる。

「真音?」
「お嬢様⁉ お気付きになられましたか!」

「九鬼様……榊……」

もっとなにか話したいのだけど、言葉が出てこない。
私の中に、マノンという人の記憶があることだってキチンとお話ししなくてはいけないのに。

「真音、焦らなくていい。ゆっくりで」

ベッドの横にしゃがみ込んで、九鬼様は私の手をそっと握ってくださった。
私がなにを思ったか、わかったのかもしれない。

「ここは?」

「伊集院家の、守綱様の部屋だよ。君の部屋はまだ整えている最中だからね」

おそらくあの北向きの部屋から移そうとしているのだろう。

「真音さま、なにかお口に入れませんと……すぐにお持ちいたします」

榊がせかせかとした足取りで部屋を出ていくのがわかった。

「あれで、気を利かせているつもりなんだろう」

九鬼様がこれまで見たこともないような優しいお顔で微笑んだ。

「あれからのこと、少しずつ話すから聞いてくれるか?」

私の手を握ったまま、九鬼様が話し始めた。

「君は、二日も眠ったままだったんだ。心配したよ」

そういえば、九鬼様の髪は乱れているし目元には隈がある。
ずっと付き添ってくださったのだろうか。

「ヨレヨレだろ? 後処理で走り回っていたんだ。きみのお祖父様も心配なさっていたからね」

お祖父様とは、鷹司家の隆道さまのことだ。

「乾はかつて、鷹司家に勤めていたことがあったそうだ。その時に真穂路様に邪な想いを寄せていたんだろう」

九鬼様のお話は信じられないことばかりだった。

「伊集院家の分家に取り入って、亡くなった真穂路様のかわりに佐和子を送り込むことを考えたのは乾らしい」

かなり昔から入念に計画を練るような執着心に身体が震えた。

「怖がらせてしまったね。でも、もう大丈夫だ。誰も君を傷つけない」

九鬼様は私の頬に手を当てた。
気が付かないうちに涙がひと筋こぼれていたらしく、そっと拭ってくださった。

「分家は当主から末端にいたるまで捕らえられて尋問されている。佐和子は尼寺へ、琴音は……」

幼い匡を使って、間接的に真音に薬を盛ったのだ。

「証拠の薬は庭の池から見つかった。彼女の罪は重いだろう」

私はただ頷くしかなかった。


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