私の嫌いな赤い月が美しいと、あなたは言う
「そして、貴嗣様は……」
乾に刺されても平然と立っていた貴嗣様。
血の一滴も流してはいなかったのは、レイモンド様だったから?
「あの夜、鷺宮家の寝所で……冷たくなっておられたそうだ。もちろんお身体に刺し傷などない状態で」
「そんな……」
信じられなくて、思わず叫んでしまった。
「重い病でいらしたから、ここ半年ほど自由にお過ごしになっていたのが不思議なくらいだったんだ」
貴嗣様の命を、レイモンド様が縮めてしまったのだろうか。
「気に病まなくても大丈夫だ。貴嗣様、いやレイモンドという人もきっと満足しておられるだろう。君が無事だったのだから」
私の心はもう限界だった。
涙があとからあとから流れてきて、止めようがなかった。
すべてがあまりに不思議で、悲しすぎる出来事だったのだ。
取り乱した私を落ち着かせようとしたのか、貴嗣様が立ち上がって私の身体の上にふんわりと乗ってきた。
「真音、君はどうしたい?」
そう言いつつ、九鬼様が私の身体を抱きしめた。
柔らかな布団の上からとはいえ、キュッと抱きしめられると温かな九鬼様の体温が伝わってくる。
「温かい……」
「君は、真音だ」
「はい」
「真音、君をどこにも行かせたりしない」
「九鬼様」
そっと身体を離すと、九鬼様は涙に濡れてぐちょぐちょになっているかもしれない私の顔を覗き込んだ。
恥ずかしくて背けたいのに、九鬼様に捉えられて動けない。
「君は、赤い月が好きなのか?」
「いいえ、私が好きなのは銀の月です。二度と燃えるような赤い月は見たくありません」
私はレイモンドさまが美しいという赤い月が好きではない。
この世界にある銀の月こそが、私のすべてなのだから。
九鬼様は安心したように微笑みながら、涙で私の頬に張り付いた髪を払ってくださった。
「君は九鬼誓悟の花嫁になるんだ」
「はい」
「そして、ふたりで銀の月の世界で生きていこう」
「はい、九鬼様」
私の答えはひとつ、九鬼様と幸せになること。
「愛している」
「私も、あなたをお慕いしています」
もう一度、九鬼様の身体が真音にのしかかってきた。
その腕に力が込められたのがわかって、思わず私も腕を伸ばしてしまう。
九鬼様の身体は大きくて、固くて、私の細い腕ではすべてを抱きしめるのは難しそうだ。
でも、力いっぱい九鬼様にしがみついてしまった。
その時、ゴホゴホと無粋な咳き込む音が聞こえた。