私の嫌いな赤い月が美しいと、あなたは言う
「九鬼様、ご婚礼まではほどほどになさいませんと」
「榊、早いな」
「これからは真音さまに体力をつけていただかないといけませんから」
「そうだな、早く子どもが生まれるといいな。男の子でも、女の子でも、何人いてもかまわない」
またゴホゴホと榊が咳き込んだ。
「ですから、婚礼までは……」
私はやっとふたりの会話の意味がわかって、身体中が火照るのを感じた。
そうだ、私はこの方の花嫁に、妻になるのだ。
結婚式を挙げて、初夜を迎えて、愛されて子どもを授かって……。
「これは、夢の続き……?」
「真音、なにを?」
「幸せな夢が続いていいるんでしょうか」
クスリと九鬼様が笑ったと思ったら、私の頬に柔らかいものが触れた。
「そうだな、幸せな夢がこのまま長く続いていくんだ」
その感触が九鬼様の唇だとわかったので、私はもうこれ以上ないほどに赤くなっているはずだ。
もう一度、九鬼様のお顔が近付いてくる……と思ったら、榊がベッドサイドのテーブルにトレーを置いた。
「さ、お召し上がりくださいませ」
「榊、下がっていいよ。私が真音に食べさせるから」
「いえ、九鬼様もお疲れでございましょう。もう大丈夫でございますよ」
「隆道様からも頼まれているから、気にしないでくれ」
延々と九鬼様と榊の言い合いが続きそうな気配だ。
私がベットから起き上がろうとすると、九鬼様はそっと背に手をあててくださった。
薄い夜着のままなのが恥ずかしい。
「ありがとうございます。それで、匡は?」
「今、こちらに向かっているだろう。君の目が覚めたという連絡を鷹司家に送ったはずだ」
榊が大きく頷いた。
「よかった」
お父さまが帰国なさったら、お話しすることがたくさんあり過ぎて困ってしまう。
それでも大丈夫。
私には九鬼様がいてくださる。それに、榊も匡も。
ああ、長い悪夢は終わったのだ。
これから私の生きる世界には、皆の笑顔と笑い声が満ちているはずだ。