私のしあわせな結婚
第10話
7月16日の朝10時過ぎであった。

この日も、起史《たつし》は勤めに出ていたので家にいなかった。

この時、家に起史《たつし》の弟・比人史《ひとし》(37歳・ヒラのサラリーマン)と起祝《たつのり》(33歳)が出戻った。

このうち、起祝《たつのり》は東京の大学にいた時から滞在している下宿先の家のご主人と帰ってきた。

起祝《たつのり》は、東京にある民放局《テレビ》のアナウンサーをしていたが悪いことをしたので無期限キンシンを喰らった。

原因は、起祝《たつのり》が入局した時から大好きだった女子アナにプロポーズするために放送の進行をさまたげたことであった。

夜10時台のニュース番組が放送された時であった。

起祝《たつのり》は、スポーツ担当の女子アナがスポーツニュースを伝えようとした時に花束を持ってスタジオに乱入したあと公開プロポーズをした。

女子アナからOKはもらえたが、放送の進行をさまたげたので上の人から無期限キンシン処分を言われた。

悪いことをした起祝《たつのり》は、反省の色がなかった…

房江《ふさえ》は、起祝《たつのり》に対してボロクソに怒鳴りつけた。

起祝《たつのり》は、いなおった声で『サラリーマンの方がよかったワ…』と言うたあとひねくれた。

比人史《ひとし》は、深刻な事情を抱えていたので房江《ふさえ》は怒らなかった。

時は、夜8時過ぎであった。

ダイニングのテーブルにいる房江《ふさえ》と比人史《ひとし》は、お茶をのみながら考え事をしていた。

起祝《たつのり》は、部屋に閉じこもっていたので広間《ここ》にいなかった。

ダイニングキッチンにいる房代《ふさよ》は、ペティナイフで洋ナシの皮を剝《む》いていた。

そこへ、ダークブラックのスーツ姿で黒の手提げかばんを持っている起史《たつし》がものすごく疲れた表情で帰宅した。

「ただいま。」
「おかえり起史《たつし》…きょうも勤めだったのね…」

房江《ふさえ》からあつかましい声で言われた起史《たつし》は、うんざりとした表情で言うた。

「うちの店舗はショッピングセンターにあるから土日休みはないのだよ!!」
「分かってるわよ〜」
「きょうは、女性従業員さんたち全員が勝手な理由で休んだからものすごく困ったんだよ!!…なにが『カレシが予約を入れたから休ませてください…』だ…うちの店舗の若い従業員は全員ナマケモノだ!!カネカネカネカネカネカネカネカネカネカネ…やすみやすみやすみやすみやすみやすみやすみやすみやすみやすみやすみやすみやすみやすみ…どいつもこいつも、ナマケモノばかりだ!!」

この時、房代《ふさよ》が洋ナシが盛られている大きめの皿をテーブルに持って来た。

房代《ふさよ》は、なにも言わずに洋ナシが盛られている大きめの皿をテーブルの真ん中に置いた。

起史《たつし》は、ひと間隔おいてから房江《ふさえ》に言うた。

「話かわるけど…比人史《ひとし》と起祝《たつのり》はここへ戻ったのか?」
「そうよ…起祝《たつのり》はテレビ番組の進行をさまたげたのでアナウンサーをクビになったのよ…」
「ああ…この前の公開プロポーズのことか…」
「そうよ…起祝《たつのり》の悪い性格は…死んだおじいちゃんにそっくりよ…死んだおじいちゃんがいらんこと教えたから起祝《たつのり》はダメになったのよ!!」
「そうだな…それじゃあ、比人史《ひとし》はなんでここへ戻った?」
「家づくりで大失敗したのよ…」
「家づくりで大失敗した?」
「そうよ…比人史《ひとし》…子供部屋にブラインドとエアコンを取り付ける工事を頼むのを忘れたのよ…」
「それだったら、ブラインドとエアコンを取り付けたらいいじゃないか!!」
「比人史《ひとし》は、ブラインドとエアコンを取り付ける費用分を友人に貸したのよ…だから大失敗したのよ…そう言うお人好しの性格は死んだおじいちゃんにそっくりよ…」

洋ナシを食べていた起史《たつし》は、よくかんだものをのみこんだあとこう言うた。

「それで…比人史《ひとし》はどうするんぞ…せっかく建てた新築《いえ》をほかすのか!?」

房江《ふさえ》は、しんどい声で答えた。

「比人史《ひとし》は、近いうちにリコンするから…新築《いえ》は棄《す》てるのよ。」
「やっぱり…」

比人史《ひとし》は、つらい声で言うた。

「こんなことになるのだったら…家を建てなきゃよかったよ…」

起史《たつし》は、あつかましい声で比人史《ひとし》に言うた。

「妻子《かぞく》はどうなるのだ?」

比人史《ひとし》は、つらい声で答えた。

「妻子《かぞく》3人は、天竜《てんりゅう》(浜松市)の実家へ帰った…」
「天竜《てんりゅう》の実家へ帰ったのね。」
「ああ…協議《はなしあい》は、後でする…」
「どうして?」
「天竜《おむこう》の義母《おかあ》さまが入院した…」
「それじゃあ、奥さまとお子さまは当面の間は天竜《おむこう》の家にいるのね。」
「ああ。」
「新築《いえ》はどうするの?」
「頃合いを見て…弁護士さんと相談する…」
「分かったわ…よく考えたら…うちの子たちは…生まれた時から家庭を持つ資格がなかったのよ…」

房江《ふさえ》が言うた言葉に対して、起史《たつし》は『ああ、そうだよ…』と答えた。

その後、母子3人はなにも言わずに洋ナシを食べた。

ダイニングキッチンにいる房代《ふさよ》は、なにも言わずに食器洗いをしていた。
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