悪役令嬢にならないか?
 我ながらずるいとは思った。彼女に気持ちを伝える前に、彼女が逃げられないようにと取り囲んだ。
 そもそも王族の目にとまった者が、そう簡単に自由になれるわけがない。その目論見もあって、彼女の名を告げたのだ。
 そんな彼女は、学園の授業が終わると必ず地下書庫に足を運ぶ。声をかけるならそのときがいいだろう。
 その日、ウォルグは彼女より早めに地下書庫へと足を運んだ。
 彼女は間違いなくいつもの席に座る。普段のウォルグは書棚を挟んで彼女の後ろに座っているため、それにすらリスティアは気づいていないのだ。書棚の隙間から、彼女をちらっと盗み見るのがささやかな楽しみでもあり、我ながら女々しいとも思っていた。
 だが、そのような関係に終止符を打つときがきた。
『悪役令嬢にならないか?』
 書庫に入ってきた彼女の姿を見た途端、ウォルグはそう声をかけていた。

 悪役令嬢とは、王太子妃候補の素行調査をする諜報員を指す。相手に知られぬように調査を行うため、諜報員と呼ばれている。それを悪役令嬢と指すのは、流行りの物語にのった表現でもあった。
 なぜなら、この素行調査が王太子妃候補(ヒロイン)を貶める場合もあるからだ。エリーサにかぎってはその心配はないが、ウォルグの父親、つまり今の国王の時代はなかなか大変であったと聞いていた。
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