昭和式スパルタ塾行き回避すべく、通信教育教材頼んだら二次元で三次元イケメン&キュートな男の子達がついてきた
「ねえショウコイル、こういう本好きみたいなのにモユリア樹脂と百合関係じゃねえの?」
 摩偶真は本棚から取った、女の子同士で抱き合っている表紙絵の百合系コミックスを昇子の眼前にかざす。
「私、百合系の漫画は大好きだけど、現実では百合なんかじゃないよ! あっ、あのさ、玲音くん。昨日、社会科の資料集から民族衣装を取り出してたけど、他の教材からも、写真や図に載ってるやつを取り出せるの?」
 昇子は頬をカァッと赤く火照らせ照れくさそうに否定し、玲音の方に話しかけた。
「もちろん出来るぜ。教科書借りるぞ」
 そう自信たっぷりに言うと玲音は、昇子が学校で使っている理科の教科書を開いて手を突っ込んだ。そして中から、石英を取り出した。
「うわっ、すげえ。本物だ」
「玲音お兄ちゃん、すごーい!」
「レオンくん、マジシャンみたい」
 摩偶真、流有十、サムは大きく拍手する。
「あれ? でも中の写真はそのままだ」
 昇子は不思議そうにその教科書の該当箇所を見つめる。
「おれさまが取り出したものは、コピーされたものだからな。何度でも複製出来るぜ。今度は英語の教科書から、登場人物のマイク君を取り出してやろう」
玲音は得意げな表情で、今度は三年生用の英語の教科書に手を突っ込む。
数秒後、
「Ouch!」
 中から男性の叫び声がした。
ほとんど間を置かず、金色の髪の毛が飛び出て来た。
 玲音がさらに引っ張り上げると顔、首、胴体、足も姿を現す。玲音は本当にマイクという登場人物を取り出して来たのだ。
「What‘s happen? Where’s here? Why am I here?」
 引っ張り出されたマイクは周囲をきょろきょろ見渡す。彼はとてもびっくりしている様子で、かなり戸惑っていた。
「やっぱ英語かぁ」
 昇子は冷静に突っ込む。彼女はあの光景を先に目にしているので、もはやこんなことが起こってもあまり驚かなかった。
「ノープロブレムだよ。マイクはprobably中学課程の範囲を超える用法は使用してこないから。英語の得意な日本人高校生よりもボキャブラリーはずっと乏しいと思うよ」
 サムはこう推察する。
「Who are you?」
 マイクはサム達と昇子のいる方に目を向け、中一レベルの英語表現で質問して来た。
「やっほー、マイクエン酸。オレっち、原子摩偶真だぜ。英語ならI am Harako Magma.かな?」
「マイクおじちゃん、はじめまして。ぼくの名前は流有十です。十歳、小学四年生です。趣味はお絵描き、特に好きな食べ物はトーラス構造になってるドーナッツと、回転楕円体に近いお饅頭です」 
 摩偶真と流有十は嬉しそうに自己紹介した。
「ルートくん、マイクは老けて見えるけどボクやショウコちゃんと同級生ってことになってるよ。おじちゃんじゃなくて、お兄ちゃんって呼んであげた方がいいかも」
 サムは笑顔で伝える。
「そっか。ごめんね、マイクお兄ちゃん」
「Oh! very cuty boy! I‘m very happy to meet you.」
 上背一八〇センチくらいあるマイクは中腰姿勢で流有十の顔を眺めながらそう叫び、目を大きく開いた。
「サムお兄ちゃん、マイクお兄ちゃんさっき何って言ったの?」
 流有十は興味津々に尋ねる。
「とてもかわいい男の子だね、キミと会えてボクはとても幸せだよ。だって」
 サムはにこにこしながら教えてあげた。
「わぁーっ、嬉しいなーっ! ぼくも幸せーっ」
 流有十は満面の笑みを浮かべる。
「Root,I fell in love with you at first sight.Shall we s○x?」
 マイクはこう告白すると突然、流有十にガバッと抱きついた。
「……うっ、うわぁぁぁん。こっ、怖い、このおじちゃん」
 押し込まれ壁際に追い込まれた流有十は途端に怯え出す。
 マイクにほっぺたをぐりぐり引っ付けられて、さらには耳元にフーッと息を吹きかけられたのだ。
「ちょっと、何してるのよ」
「マイク君、流有十君嫌がってるからやめろっ!」
 昇子と玲音は慌ててマイクの背後に詰め寄る。
「Get out of the way!」
「ぐぇぇぇっ!」
「いたたたぁっ、強いわ、この男の子」
 瞬間、マイクに蹴り飛ばされてしまった。
「Mike,Stop body contact to Root at once!」
 サムは強い口調で注意した。
「No way!」
 けれどもマイクは聞き耳持たず。
「In place of Root,Hug me!」
「I’m not interested in middle age‘s man like you at all.You are,so to speak,ugly slug.」
 マイクは腐った生魚でも見るかのような目つきで、命令して来たサムに向かって言う。
「なんだってぇ! 失礼だね、このショタコン」
 サムはぷくぅっとふくれる。こぶしもぎゅっと強く握り締めた。
「今マイク、何って言ったの? 早口で分かりにくかった」
 昇子が質問する。
「おまえのような年増には全く興味ない。おまえはいわば、醜いナメクジだ。だって。I‘m pissed off! I‘m as old as you! My birthday may be later than you! ショウコちゃん、be interested inは~に興味があるっていう重要英熟語だから、しっかり覚えておいてね。否定文にはnotだよ。これを覚えたらハ○ヒの名台詞が英語で言えるよ。あともう二つ重要英熟語、not~at allは全く~ない、so to speakはいわば、例えて言うなら、っていう意味なんだ」
 サムはマイクを睨み付けながらも、ちゃっかり昇子に英熟語を教えてあげる。
「I‘ll marry Root in the near future.If the sun were to rise in the west,I wouldn’t change my mind.」
 マイクはスキンシップをやめようとはしない。
「やめてやめてやめてぇぇぇぇぇぇぇ~」
 流有十は大声で泣き叫ぶ。
「ボクは近い将来、ルートと結婚するんだ。仮に太陽が西から昇っても、ボクは決心を変えないよ。だってぇーっ。Pervet! Fuck you! Peice of shit! You are Homosexual! ショウコちゃん、marryはtoとかwithを付けずに目的語を取るよ。marryだけで~と結婚するっていう意味になるんだ。あと高校レベルかもしれないけどsooner or later覚えなきゃいけないから今教えとくね。If主語were to動詞の原形で、もし仮に~したら、……だろうという意味だよ。この表現はIf主語should動詞の原形よりも、さらに実現可能性の低いことについての仮定に使われるんだ」 
 サムの怒りはさらに増した。けれどもマイクの会話中に出て来た重要英語表現はしっかり解説することを忘れない。
「あっ、あのうマイクさん。流有十さんとても怖がっているので……」
 伊呂波も彼の暴挙を止めさせようと説得に加わる。
「Really? Root,Please don‘t be afraid to me.If you marry me,I‘ll buy anything you want to.」
 マイクは一応、日本語も理解出来ているようだった。彼は流有十に優しく微笑みかける。
「マイクおじちゃん、早くやめてぇぇぇぇぇぇぇーっ!」
 しかし逆効果。流有十はますます大泣きしてしまった。
「Why?」
 マイクはハハハッと陽気に笑いながら問いかけ、再度頬を引っ付ける。
「ロリコンのマイクエン酸、ルートルエンいじめちゃダメだぜ」
 摩偶真はこう注意すると直径十センチくらいの鉄球に変身し、マイクの脳天にゴンッと直撃させた。
「Ouch!」
 マイクに衝撃が走る。両目が☆になった。
「引っ込め! 引っ込め!」
 摩偶真は元の姿に戻ると英語の教科書を素早く拾い上げ彼のいたページを開く。そしてマイクの脳天に押し付け、中へと戻してあげた。
 これにてマイクのZ軸成分が0と化し、二次元座標への変換が完了した。
「ああ、怖かったよぅ。ありがとう、摩偶真お兄ちゃぁぁぁーん」
 流有十はえんえん泣きながら礼を言い、摩偶真にしがみ付く。
「どういたしまして。マイクエン酸は有害なホモサピエンスだったね。オレっちも対象外みたいだったし。マイクエン酸の質量を全てエネルギーに変換した方よかったかな? 質量×光速度二乗で、とんでもないエネルギーになっちゃうから不可能だけどな」
 摩偶真はにこにこ顔で物理学的に説明する。
「マイクってやつ、何がMike is the kindest boy in our class.だよ。教科書の本文と全然違うじゃないかっ。To tell the truth,Mike is not only lolita complex,but also crazy.」
 サムはまだぷっくりふくれていた。
「マイク君は、肉食系男子ってことか」
 玲音はぽつりと呟く。
「肉食系男子って、ティラノサウルスみたいだな。犬歯も発達してるのかな?」
 摩偶真はすかさず突っ込みを入れた。
「ボク、肉食系の男の子は苦手だなぁ。ショウコちゃんみたいな優しい女の子がいい」
 サムはそう告げて、昇子の手をぎゅっと握り締めた。
「えっ、あっ、あの……」
 昇子の頬は酸性を示すリトマス試験紙のごとく赤くなる。
「ショウコちゃん、照れてるぅ。You are cute!」
 サムはにこっと微笑みかけた。
「そっ、そんなことないって」
 昇子は必死に否定しようとする。
「昇子君、表情でバレバレだ。あのさ、英語の教科書にもう一人出てくるイギリス人男の子キャラ、ビル君も引っ張り出してみようか? handsome boyって書いてあるから」
 玲音は微笑みながら問いかける。
「玲音お兄ちゃん、もう止めてぇ! また変なおじちゃんだったら嫌だよぅ」
 流有十はげんなりした表情で伝えた。
「この教科書に出てくる女の子、メアリーとジェーンとスーザンはきっと悲しい目に遭わされてるね」
 サムはため息まじりに告げる。
「二次元平面上では本文通りのいい子かもしれないぜ。三次元空間上の女の子はオタクを嫌うひどい性格のメスブタが多いのと同じようにな」
「それにしても怜音くん、今日もスカート穿いちゃって、女の子の格好するのが好きなんだね」
 昇子はくすっと笑う。
「あぁ? スコットランドの文化をバカにしてんのか? このメスブタ。こいつはキルトと言ってだな、スコットランドの“男の”民族衣装なんだぜっ!」
 怜音は険しい表情で昇子を睨みつけながら強く主張した。
「ごめんなさーい。私、そのこと知識としてはかなり前から知ってたよ。でも実際見るとなんかおかしくて笑っちゃう」
 昇子はアハッと笑う。 
「異文化に偏見持ちやがって、国際人としては失格だな。こいつはおれさまの愛用ファッションなんだ。さてと、昇子君、今からは家庭学習の時間だっ!」
 怜音は険しい表情を浮かべたまま、昇子の後ろ首襟をガシッと掴んだ。
「えっ、いっ、今から?」
「当然だ。受験生に休息日なんてないぞっ!」
 戸惑う昇子に、玲音はきりっとした表情で言う。
「昇子お姉ちゃん、勉強を一日サボったら、元の学力を取り戻すのに一週間はかかるよ」
 流有十は笑顔で忠告する。
「さあショウコちゃん、シッダウン!」
「わわわ」
 昇子はサムの手によって無理やり学習机の椅子に座らされた。
「まずは学校で出されたホームワークからだよ」
「宿題は、今日は出てないよ」
「昇子君は、宿題が出てなかったら家庭学習はしなくてもいいと思ってるのか?」
「そりゃそうでしょ」
 玲音の質問に、昇子はにっこり笑いながら答えた。
 次の瞬間、
 パチーッン!
 と乾いた音が鳴り響く。
 玲音が昇子のほっぺたを思いっ切り引っ叩いたのだ。
「……なっ、何するの?」
 昇子は突然のことに動揺していた。徐々に泣き出しそうな表情へと変わっていく。
「愛の鞭だっ!」
 玲音はやや険しい表情で答えた。
「ショウコちゃん、ホームワーク無くても授業の予習復習は当たり前だよ。ボク達、今日からショウコちゃんを志望校へ合格させるために、シビアに学習指導していくからね。怠けたら体罰もあるよ♪」
 サムはにこやかな表情でさらっと告げた。
「えっ……」
 昇子はびくっとなる。
「学校では体罰は禁止されてるようだがな、おれさま達は容赦なくやるぜ」
「なんてったってボク達は非実在だから、仮にショウコちゃんが再起不能になるまでボコボコにしても、killしちゃってもcrimeに問われないもんね」
 サムはにこりと笑った。
「それ、婦女暴行罪だよ」
 昇子はさらに表情がこわばり恐怖心が増した。
「だからおれさま達は法律の適用外なんだって。真面目にやれば体罰はしねえから。昇子君、姿勢を正せっ!」
「ちゃんとseriousにやらないと、瀬戸内寂聴やかつての峰岸みなみちゃんみたいに坊主頭にしちゃうぞ」
「いっ、いたたたぁ~」
 玲音に両サイドからほっぺたをつねられ、サムに髪の毛を引っ張られながらくどくど説教され、昇子の恐怖心はさらに高まった。
「ショウコちゃん、まずはデスクの上をちゃんと片付けようね。ボク達がやってあげようとは思ったけど、それじゃあショウコちゃんのためにならないからね♪」
 サムはにこにこ顔で注意する。
「わっ、分かったわ」
 昇子はびくびくしながら素早く手を動かし、散らばっていた教科書、プリント類などを集め、隅の方へ寄せてスペースを設けた。
「それじゃ昇子お姉ちゃん、数学の特訓からやろう」
 流有十は数学のテキストを学習机の上にポンッと置く。
「でっ、でも、テキストは白紙じゃ……」
「大丈夫だよ。捲ってみて」
「わっ、分かった」
 昇子は不思議に思いながらも、流有十に言われた通りにしてみる。
「あれ? 問題文が、ちゃんと載ってる」
 昇子は現れた数式を凝視する。
「昇子お姉ちゃん、シャーペン持ってさっさと解いて。標準時間は五分だよ」
 流有十はそれを昇子に手渡した。
「わっ、分かった」
昇子はそこにある問題を解き始める。中学に入ってから最初に習う単元であろう正の数負の数、文字の式に関するものであった。
「昇子お姉ちゃん、答は合ってるけど遅ぉい! もう一回やり直し」
 流有十が開かれているページに手をかざすと、昇子がさっき書き写した文字が跡形も無く消えてしまった。
 さらに、問題が一新され数値まで変更された。
「こんな能力も使えるのかぁ」
 昇子はあっと驚く。
「問題文は自在に操れるよ。すごいでしょ? サムお兄ちゃんも玲音お兄ちゃんも伊呂波お姉ちゃんも摩偶真お兄ちゃんもみんな同じ能力が使えるよ。テキストが最初白紙なのは、受講生の学力に合わせて演習問題のレベルを調整するためだよ」
 流有十はてへっと笑う。
「そっ、そうなんだ」
「昇子お姉ちゃん、感心してる暇があったら、さっさと問題解き始めて」
「わっ、分かった」
昇子は流有十に命令されるがまま、同じ単元に関する問題を解いていく。
「さっきよりは早くなったけどまだ遅いなぁ。もっと頑張ってね、昇子お姉ちゃん。次は単元変えるね」
 流有十は手をかざす。またも昇子の書いた文字が消え、問題が一新された。
昇子は続いて、一次方程式と比例式に関する問題を解き始める。
 数分後、
「時間オーバー、それに、計算間違いも多いよ。次はこの単元の問題解いてね」
流有十がまたまた注意してくる。ぷっくりふくれて不機嫌そうだった。
「わっ、分かった。今度は図形かぁ。私、図形は特に苦手なんだよなぁ」
 昇子は一問目の次の中から点対称な図形を選べという問題から悩んでしまう。
「昇子お姉ちゃん、手を休めちゃダメェェェーッ! 平面図形・空間図形は一年生の時に習ったでしょ?」
「あいたぁーっ!」
 流有十にコンパスの針でほっぺたをプチュッと突かれてしまった。
「昇子君は、一年生の最初の頃はテストの成績良かったみたいだけど、どんな勉強方法してたんだ?」
「その時も、テスト前日から、一夜漬けでやってた」
 玲音から突如された質問に、昇子はかなり怯えながら答える。
「昇子君、入試ではそんなやり方じゃ通用しないぜ。一夜漬けで身につけた知識は、ほとんどすぐに忘れちゃうんだ。本当の実力は身についてないってことを肝に銘じておけっ!」
「はいぃ、分かりましたぁぁぁーっ」
 きつい口調で厳しく注意された昇子は体罰されないようにと、必死に思考回路を巡らせシャープペンシルを動かし問題に取り組む。全部で十題あるうち八題目を解いている途中、
「あっ、あの、私、おトイレ、行きたくなったんだけど……」
 昇子は椅子に座ったまま足をくねくねさせ始めた。
「玲音お兄ちゃん、昇子お姉ちゃんがおしっこだって」
 流有十がにこにこ顔で伝える。
「ダメだ! 認めん。講義中のトイレ行きたいは、逃げるための常套文句だからな」
 玲音は厳しい表情で告げた。
「そっ、そんな……」
「おれさまは心優しいからな、思春期の女の子な昇子君にここで漏らせっていう羞恥プレイは強要せん。これにすれば大丈夫だ」
玲音はにこっと笑い、理科の資料集に手を突っ込む。そしてペットボトルを取り出し、昇子の目の前にかざした。
「でっ、出来るわけないでしょ」
 昇子は当然のように拒否した。
「ショウコイル、チャック開けるね。あっ、パジャマだからついてないのか。じゃぁ、直接脱がしちゃえーっ!」
 摩偶真は昇子の側により、パジャマズボンを引っ張ろうとする。
「ボクも手伝うよ」
 サムも加担してくる。
「やっ、やめてーっ。あなた達のやろうとしてること、強姦よ。レイプだよ」
 昇子は全身をぶんぶん振り動かし必死に抵抗する。
「ショウコちゃん、このままじゃおもらししちゃうよ」
「ちなみにペットボトルのペットとは、ポリエチレンテレフタレートのことだぜ。エチレングリコールとテレフタル酸との脱水縮合により作られるのだ」
 けれどもサムと摩偶真の方が優勢だ。
「あっ、あの、玲音さん。厠には、行かせてあげた方がいいのではないでしょうか?」
「玲音お兄ちゃん、昇子お姉ちゃんがかわいそうだよ」
伊呂波と流有十が説得すると、
「……それじゃ、特別に許可してやるか」
 玲音は数秒悩んだのち、こう告げた。伊呂波君にあの恐ろしい姿に変身されては困る、と感じての判断だった。
「よっ、よかったぁー」
 昇子はガバッと立ち上がり、部屋から飛び出し一階にあるトイレへ駆けていった。
本当に、漏れちゃうとこだったよ。
        ☆
 用を足し終え、昇子が自室に戻ってくると、サムと玲音以外の三人は昇子の所有するマンガやラノベを読み漁ったり、携帯ゲーム機で遊んだりしていた。
「あっ、あのう、もう一度言うけど、あんまり私の部屋を荒らさないでね」
 昇子が優しく注意すると、
「ごめんなさい昇子さん。すぐに元の位置へ戻します」
「了解、ショウコイル」
「昇子お姉ちゃん、すぐお片づけするね」
 三人は快く応じてくれた。
「さてと、問題の続きやらないと」
 昇子が椅子に座り、シャープペンシルを手に持った。
「昇子お姉ちゃん、ぼく、昇子お姉ちゃんが学校にいる間、数学の中間テストの問題も拝見したけど、簡単過ぎだよ。問題集から数値もそのまま出されてるのが三分の一くらいあったもん。こんなので九〇点百点取ったって意味がないよ。問題を作った先生も手を抜き過ぎ。採点で楽をしようと思ったんだね」
「えっ、かなり難しく感じたんだけど」
 流有十の不満そうな指摘を昇子は即反論する。
「それは昇子お姉ちゃんに基礎力があまりついてないからだよ。入試問題は今まで見たこともないような問題が出るの。数値変えただけで解けなくなるようではダメだよ」
 流有十は昇子を見上げながら苦言を呈した。
「理科もワークからのコピーがかなり目立ってたぜ。ショウコイルの偏差値は四九.九か」
「国語も、ワークからそのまま出されている問題が多く感じました。学年平均も七五点もありますし」
「社会科は本当に酷かったぜ。市販の教材のコピーで大半を締められてるからな。平均も七八点って。昇子君は九一点取ってるけど、学年順位は六三位だし。得意教科みたいだけど、これじゃダメだな」
 摩偶真、伊呂波、玲音の三人は昇子のクラスで今日配布された二学期中間テスト個人成績表を眺めてため息をつく。昇子の総合得点学年順位は二五八人中一一四位だった。
「確かに社会科百点いっぱいいたな。あのう、もう十一時過ぎてるし。そろそろ」
 昇子は目覚まし時計の針を眺める。かなり眠くなって来ていた。
「ダメだっ! まだ今日の分ほとんどやってないぜ。高校受験を控えた中学三年生は家庭学習一日最低五時間はやらねえと」
 玲音は厳しく注意する。
「ショウコイル、ほら見て。モユリア樹脂も家庭学習頑張ってるぜ」
 摩偶真に指摘され、昇子はテレビモニターに目を向ける。
 森優が机に向かって、一生懸命数学の練習問題を解いている姿が映し出されていた。
「ほんとだ」
 昇子は食い入るように見つめる。普段ののほほんとした表情とは違い、真剣な表情をしていた。
「こちらは昇子君の頭が良さそうで気の弱そうなお友達、神頭学実君の様子だぜ」
 玲音がリモコンを操作すると、学実のおウチ自室が映し出された。彼女もまた、机に向かって英語の演習問題を解いていた。
「学実も、天才かと思いきや、やっぱ陰で努力してるんだね」
 昇子は感心しながら呟く。
「その通りです。学実さんも、森優さんも、長年刻苦勉励し続けて、あれだけの高い学力を身に付けたんですよ。テスト前だけ勉強すればいい、なんていう昇子さんのような浅はかな意識の持ち様とは違うのです。真の学力というのは、一夜漬けで身につくようなものでは到底ありません。昇子さんは、一、二年生の頃に一夜漬けで覚えたことを、今もう一度やって解けますか?」
「……それは、自信ないなぁ」
 伊呂波からの質問に、昇子は俯き加減で答えた。
「そうでしょう昇子さん。楽をして成績が上がるなんて、そんな甘い考えではいけませんよ」
「学問に王道なしは、ユークリッドの有名な言葉だよ、昇子お姉ちゃん」
 流有十は得意げに教える。
「さあ、ショウコちゃん。次は英語を頑張ろう。ショウコちゃん一番の苦手教科みたいだから、重点的にやろうね」
「分かった!」
 昇子は急にやる気がみなぎって来た。椅子に座るとさっそくサムが調節した問題を解いていく。
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