昭和式スパルタ塾行き回避すべく、通信教育教材頼んだら二次元で三次元イケメン&キュートな男の子達がついてきた
迎えた翌日、期末テスト初日。
「どうしたの? その手、昇子ちゃん」
 朝、いつもより三〇分くらい早く迎えに来てくれた森優は、心配そうに接してくれた。
「その……」
「フレミングの法則を確かめようとしたら捻挫したのよ。全治一週間だって」
 昇子が伝える前に、母はにこにこ顔で伝える。
「そうなんですか。痛そう。昇子ちゃん、字はちゃんと書ける? おトイレは一人で大丈夫?」
「まあ、なんとかね」
「昇子ったら、フレミングなのに左手じゃなくて、右手を捻挫させたのよ」
「おば様、フレミングの法則には右手のもありますよ」
「あらま、そうなの?」
 森優から知らされたことに、母は少し驚く。
「中学理科では使いませんけど」
 森優はにこやかな表情で付け加えた。
「そっか。じゃっ、いずれにせよ間違えたのね。左手じゃ書きにくいけど、ノルマは一点たりとも下げないわよ」
 母はにやりと笑う。
「ママ、これくらいの怪我、全然ハンディじゃないよ。昨日左手で書く練習、いっぱいしたからね。左手でも、絶対四〇〇超えてみせる! じゃあ、行ってくるね」
 昇子は強く言い放った。
「頑張れ昇子ちゃん。それじゃ、行ってきます、おば様」
こうして二人は学校へ。

「しょこら、どないしたんその手ぇ?」
「捻挫ではありませんか?」
 やはり帆夏と学実が心配してくれた。帆夏はテスト期間中だけは早めに学校に来るのだ。
「右手捻挫しちゃって、左手で書かなきゃいけないから、ちょっとハンディになるな」
 昇子は困惑顔で呟く。
「全力を尽くせ。ドゥーユアベスト。うちも昨日は全然勉強出来ひんかった。新作アニメのチェックが忙しくって」
 帆夏はにこにこ笑いながら昇子を励ます。
「やっぱ誘惑に負けちゃったのね。私は、今回はテスト終わったあとにまとめて見ることにするよ」
「おう、しょこら。塾行き回避のために本気モードになれたみたいやね」
「まあね。この手じゃ美術が一番鬼門だな。絵を描く実技試験があるから」
「それはワタシも同じです。ワタシも絵の描写は苦手なので。利き手であっても」
 学実は自信無さそうに伝える。
八時半のチャイムが鳴ってまもなく、
「みんな、出席番号順に座ってるか?」
 担任の古塚先生がやって来た。机の中に物が入ってないか、携帯電話の電源は切って茶封筒に入れ机の上に出すようになどの諸注意をした後、一教科目理科の問題用紙と解答用紙を裏向きで配布していく。
 そして八時四〇分。朝読書は無いため普段の授業開始時刻より五分早めて試験開始。クラスメート達は古塚先生の「それじゃぁ始めて」の合図で問題用紙、解答用紙を表に向け、問題を解き始めた。教室内に、シャープペンシルの走る音が聞こえ出す。 
それから数分後、昇子のお部屋。
「昇子さん、左手でも上手くやれているようですね」
 伊呂波は嬉しそうに、昇子の懸命に頑張る様子をモニター画面で眺めていた。
「よかったぁ。オレっちすごく心配だったぜ」
 摩偶真はホッと胸をなでおろした。

「昇子ちゃん、どうだった? ちゃんと書けた?」
 九時半過ぎ。一教科目終了後、森優はすぐに昇子の席へ近寄ってくる。
「まあ、なんとか」
「よかったぁ。わたしホッとしたよ」
「あの、森優ちゃん。今回は理科、前より難しかったよね」
「うん。難易度上がったよね。わたしもあまり出来なかったよ。じゃあ、またあとでね」
 森優は困惑顔で伝え、自分の席へ戻っていく。
「しょこら、今回はうち、理科四〇くらいしかないと思う」
 入れ替わるように、帆夏も近寄って来た。
「さすがにそれはかなりまずいでしょ」
 楽天的な帆夏に、昇子は呆れ顔で突っ込む。
「まあ、夏休みから頑張ればなんとかなるっしょ」
 帆夏はにこにこ顔で主張する。
 学実は自分の席から動かず、次の教科のテスト範囲内容の最終確認をしていた。
続いて行われた二教科目、美術。
……ほとんど実技じゃない。
 試験時間が始まり問題用紙に目を通した瞬間、昇子は愕然とする。
 知識問題二〇点、実技八〇点という配点だったのだ。
前の大野先生の方がよかったなぁ。ほとんど知識問題だったし。
 昇子は不満に思いつつ慣れない左手で懸命に記述、描写をしていく。
 知識問題は漫画の歴史、有名漫画作品のタイトル名と作者名、画材道具の名称に関するもの。実技は、あなたのとある日の一日の行動を5本の4コマで表しなさいという課題だった。
三教科目保健・体育も、昇子は左手でなんとか無事に乗り切れた。
      ※
「ショウコイル、今日あった理科のテストの問題用紙貸してー」
 午後一時前、昇子が帰宅し昼食を取り終え自室に足を踏み入れると、摩偶真が駆け寄って来た。
「もちろんいいよ」
 昇子は快く通学カバンから取り出し、摩偶真に手渡した。
「今から解答速報作るね。お詫びを気持ちも示したくて」
 摩偶真はそう言うと、学習机の上にその答案と白紙のA4用紙を置き、椅子に座る。シャープペンシルを手に取ると、さっそく白紙用紙に問題を解き始めた。
 それから十五分ほど後、
「出来たぜ、ショウコイル。今回は難易度少し高かったね。オレっちにとっては楽勝だったけど」
 摩偶真は文字や数式、図でビッシリになったA4用紙を昇子に手渡す。
「……どんな答を書いたかあまり覚えてないけど、八〇は絶対ないよ。超えたかったけど」
 昇子はちょっぴり落ち込んでしまった。
「昇子さん、思ひくづほっちゃ駄目です」
「ショウコちゃん、ネガティブシンキングは入試本番ではフェータルになるよ」
「昇子君、まだ主要五教科のうち一教科目が終わったに過ぎねえじゃねえか。自分は絶対四〇〇取れるんだって気持ちでいなきゃダメだぞ」
 玲音が爽やか笑顔で優しく頭をなでてあげると、
「分かってはいるけどね」
昇子の不安はほんの少しだけ和らいだ。
二日目は国語、社会科、技術・家庭科が組まれてある。
「明日に向けて国語の直前対策をしましょう。あの、昇子さん、おくのほそ道の冒頭、何も見ずにもう一度諳んじてみて下さい」
「分かった」
「昇子君、一箇所でも間違えたらこれで泣くまで叩くぜ」
 玲音に竹刀で脅される。
「月日は百代の過客にて、行き……いったぁーっ!」
 昇子が恐る恐る呟き始めてまもなく、パシーンッと肩を叩かれた。
「昇子君、いきなり間違えてるぜ。月日は百代の過客に〝し〟て、でしょ。初めからやり直しっ!」
「玲音さん、それくらいは、許容範囲ではないでしょうか?」
 伊呂波は意見してくれる。
「でも、採点甘くていいのか?」
 玲音は少し心配な様子だった。
 それから数十分が経ち、
「……表八句を、庵の柱に、掛け置く」
 なんとか最後まで言い終えた頃、昇子はかなり疲れ切っていた。
「おめでとうございます。七回目でようやく一つもミス無しですね」
「Good job!」
「ショウコイル、おめでとう」
「昇子お姉ちゃん、完答だね。少しミスしても部分点はくれると思うけど」
「昇子君、よく出来たな。本番もその調子で頑張れメスブタ」
「ありがとう」
 教材キャラ達から拍手まじりで褒められ、昇子は照れくさがった。強い達成感と嬉しさも併せて受け止めた彼女は、社会科のテスト勉強も真面目に取り組む。得意教科ということもあって、玲音から体罰されることなくテスト範囲の最終確認を進めることが出来たのであった。
       ※
 二日目は昨日よりも右手の痛みが和らいでいた。けれども昇子はまた悪化させないようにと今日も三教科とも左手で乗り切った。
解散後、昇子、帆夏、学実の三人は近くに寄り添う。
「今日は得意教科ばっかりだったけど、明日が一番嫌なんだよ。全部私の苦手教科だし」
「ワタシは一番好きだけどね。ただし音楽は除くよ」
「数学と英語が得意な子の脳の構造は理解出来んわ~。うちは美術以外全部苦手やから」
「帆夏、それはやばいよ。私も頑張らないと」
 最終日の明日は英語、音楽、数学の順に組まれてある。
「今日は四日やね。ジャ○プコミックの新刊とジャ○プSQ、今日発売やから駅前の本屋にいっしょに買いに行こう!」
「えー、あと一日だけなんだし、終わってからでいいでしょ。今日買うと、絶対気になってテスト勉強に集中出来なくなりそうだし」
 帆夏の誘いに、昇子は眉を顰めながら意見した。
「うちは明日の試験完璧に捨てとうし。うち目当てのやつは人気作やから明日には売り切れとうかもしれへんし」
けれども効果なし。帆夏の意思は全く変わらず。
「そういうのはたくさん入荷されるから、むしろいつでも手に入れ易いでしょ」
 ほとほと呆れ果てる昇子に、
「あのう、昇子さん。ワタシもいち早く新刊読みたいですし、いっしょに買いに行きましょう」
 学実も申し訳無さそうにお願いして来た。
「……学実まで。それじゃあ、行くか」
 昇子は五秒ほど悩んだのち、こう意志を固めた。
「みんな、お目当てのもの買ったら長居はせずにまっすぐおウチに帰って、しっかり勉強しなきゃダメだよ」
困惑顔で見送った森優をよそに、三人は学校を出ると、最寄り駅の方へと向かっていく。
「いかんな昇子君。これでは」
「帰ったらたっぷりお仕置きが必要だね。bamboo swordでおしり叩き百発の刑で良いかな?」
 あのやり取りをモニター越しに眺め、玲音とサムはむすっとなった。
「昇子君だけじゃダメだな。昇子君の貴重な学習時間を阻害しようとしているあの帆夏君というこけしみてえな面の悪友と、学実君という出目金みてえな面のメスブタも懲らしめねえと」
 玲音はにやりと微笑んだ。
「さすがレオンくん、受講生のフレンズにも厳しい」
「くくくっ、いよいよこの洸君自慢の発明品を使う時が来たぜ」
 玲音は怪しげな笑みを浮かべながらそう言うと、自分用のテキストからサランラップのようなものを取り出した。それを適当なサイズに千切り、テレビ画面にぴたりと貼り付ける。
「玲音お兄ちゃん、それなぁに?」
「レオングストローム、また妙なのを出したなぁ」
「ひょっとして、アレかな?」
 流有十、摩偶真、サムの三人は興味津々。
「これをテレビ画面に貼り付けるとテレビの中に飛び込めるようになって、映っている場所へ移動することが出来るんだぜ」
 玲音は自慢げに伝える。
「どこでもドアみたいなものだね」
 流有十はにこにこ顔で突っ込んだ。
「そんな感じだな。ちょっとお手本を見せてやろう」
 玲音がテレビ画面に手を入れた瞬間、
「いてっ!」
「どうしたの? 帆夏」
「何かあったのでしょうか?」
 昇子達のいる場所はこんな現象が起きた。
「なんか、いきなり後ろから髪の毛引っ張られたみたいなんよ」
 帆夏はそう伝えながら後ろを振り返ってみた。
「ありゃ? 気のせいかな?」
 しかし誰もいなかったことに帆夏は不思議がる。
「たぶんそうでしょ」
 昇子は素の表情で即突っ込み、
「ワタシはおそらく、カナブン的な昆虫に衝突されたのだと思います」
 学実はほんわか顔でこう推測した。
「あー、あり得るよね。チャリ乗っとう時とかたまに顔にぶつかってくるし」
 帆夏は朗らかな気分で微笑む。
「学実、さすがの推理だね」
 昇子は感心していた。
 しかし学実の推理は間違いだった。玲音が帆夏の髪の毛を後ろから引っ張ったのだ。
 三人は当然、それに気づくはずはない。
「これぞ『後ろ髪を引かれる思い』だな」
「玲音さん、それは誤用です。後ろ髪を引かれるとは、心残りがしてなかなか思い切れないことです」
「おう、そうだったか。伊呂波君、さすがは国語担当だな」
 伊呂波に指摘され、玲音は少し照れた。
「これもまたグレートインベンションだね」
「ヒカルシャトリエ、すご過ぎるぜ。さすが東大院卒才媛ニート」
 サムと摩偶真は開発者をかなり絶賛していた。
「さてと、先回り地点を映して、さっそくお仕置き開始だっ!」
 玲音はそう告げて、映像を別の地点に切り替えた。続いて理科の資料集のとあるページを開き、開かれた方をテレビ画面に向ける。そして背表紙をトントントンッと手で叩いた。
昇子、帆夏、学実の三人が橋の上に差し掛かり、
「それにしてもラノベ読んでる子って、クラスでうちらの他にほとんどいないよね」
「金銭的なこともあるのでしょう。ラノベを二冊買うお金で、ジャ○プコミックが三冊買えるからね」
「でも、図書室にもいっぱい置いてあるけどなぁ。森優ちゃんに頼んでもっと宣伝してもらおうかな」
こんなオタク的会話をしていたところ、
「あっ、あのう、昇子さん、帆夏さん、前、前」
 突然、学実の顔が蒼ざめた。
「どうしたの学実?」
「んっ?」
 昇子と帆夏も前を見てみる。
「「「……」」」
 瞬間、三人の顔が凍りついた。
彼女らの目の前に、とある野生動物が現れたのだ。
ガゥオ! それは大きく咆哮した。
百獣の王、ライオンであった。性別は、鬣が目立つオス。
「ひいいいいいいぃっ。こっ、これは、夢でございますよね?」
「うひゃああああああああっ!」
「なっ、なんでこんな所にあんなアッフリカンな動物がおるんよぅ? あり得へぇん」
 三人は慌てて全速力で逃げ出した。烈學館を見に行って講師から見下ろされた時以上に速かった。五〇メートル9秒5を切るくらいのペースだ。
「日本国内には野生のライオンは生息していないはずなので、姫センか、王子動物園から逃げ出したとか?」
 学実は顔を蒼ざめさせて逃げながらも、冷静に分析してみる。
 ライオンも当然のように追って来た。三人とライオンとの距離はみるみるうちに詰められていく。 
「いい気味だな臭そうなメスブタ共。さてと、そろそろ助けてやるか」
「本当にそろそろ戻した方が良いぜ。ショウコイルにはそんなに罪はないし」
「早急に回収しないと、かなり騒ぎになっちゃいますよ。というか、昇子さん達の身が危険に晒されます。あのう、玲音さんがライオンさんを元に戻すのですよね?」
 伊呂波は深刻そうに問う。
「……えっと、おれさま、怖いから、誰か、やってくれねえか?」
 玲音は決まり悪そうにハハッと笑った。
「ぼく、ライオンさんは大好きだけど、檻がなかったら、怖いよう」
「オレっちもあいつと戦う勇気は無いぜ。犬歯が発達してて鋭い爪を持ってるからなぁ」
「I think so too.It‘s very dangerous.」
 流有十は若干怯え顔で、摩偶真とサムは苦笑いで言い張る。
「こうなったら、助っ人を呼ぶか。またマイク君に頼もうかな。同じ肉食系のようだし」
「玲音お兄ちゃん、あのおじちゃんは絶対ダメェェェーッ!」
 流有十はむすっとした表情で要求した。
「あのショタコンに頼んでも、absolutelyやってくれないよ」
「幼いオスが大好きな時点で、怖がりだと思うぜ」
 サムと摩偶真は自信満々に主張する。
「確かにそうだな。それじゃぁ国語便覧に載ってる連銭葦毛なる馬に助けもらうか」
「玲音さん、余計大変な事態になりそうなので、絶対やめた方がいいと思います」
 伊呂波は困惑顔で意見した。
「その案も却下か。こうなりゃ強そうな野郎……歴史の資料集から武士を召還すれば。でも武士は日本刀や火縄銃を持ってやがるから危険過ぎだな。世界史分野からナポレオンやルイ14世やシャビエルやコロンブスやリンカンを召喚しても言葉通じんだろうし……とりあえず、こいつでいいか」
 玲音は昇子が学校で使っている社会科《歴史》の資料集を手に取り、パラパラ捲って見つけたとあるページを開き、手を突っ込んだ。
「やっぱり、すごく重いぜ」
 三〇秒ほどかけて、お目当ての人物をなんとか引っ張り出すことに成功した。
「きゃあっ!」
 瞬間、伊呂波は思わず両手で目を覆った。
「イロハロゲン、褌付けてるんだしそんな反応しなくても」
 摩偶真はにっこり笑いながら突っ込む。
「Oh,Sumo Wrestler!」
「お相撲さんだぁっ! 勝率何割くらいかな?」
 サムと流有十は興味津々に、現れた人物の姿をまじまじと眺める。
「ペリーに対抗して力士が米俵を運んでいる図から取り出してやったぜ」
 玲音は得意げに伝えた。
「……どこでぇ、ここは?」
 力士は目を丸め、米俵を持ったまま周囲をぐるりと見渡す。かなり戸惑っている様子であったが当然の反応であろう。
「力士のおじちゃん、ここは二十一世紀の日本だよ」
「力士君、落ち着いて聞いてくれ。ここはてめえがいる時代から一六〇年くらい先の世界なんだ。元号は安政ではなく平成、江戸は東京って知名になってるんだぜ」
「ほへっ!」
 流有十と玲音からの説明に、力士はさらに驚きを増し、ひょっとこのような表情になる。
「キミに倒してもらいたいやつがいるんだ。そこに映ってる、ライオンなん……」
 摩偶真がそう言い切る前に、
「ひっ、ひえええええええ! はっ、箱が、しゃべったでげす。うわわわぁぁぁーっ!」
 力士は顔面を蒼白させ、ドスーン、ドスーンと大きな地響きを立てながら、部屋から逃げ出してしまった。
「何の音?」
 リビングにいた母は不審に思い、廊下に出てみた。
 瞬間、
「うぉっ!」
 力士とばったり出会ってしまった。
「きゃっ、きゃぁっ! 何ですか? あなたは?」
 母は驚き顔で尋ねる。
「こっ、こちとら、江戸っ子の力士でぃ。さっきまで、船に米俵を運んでいたんでぃ! でもよぉ……」
 力士はひょっとこのような表情をして強い口調で説明する。
「はぁ? 何言ってるの? あなた。警察呼ぶわよ。ひょっとして、最近このおウチの食べ物漁ったり、光熱費を使ったりしてる泥棒?」
 母は昇子を叱り付ける時のように険しい表情で問い詰めた。
「こうねつひ、ってなんでぃ?」
「とぼけるんじゃありません。あっ、こらっ、待ちなさい!」
「ひいいいいい、これやるから見逃して欲しいでげすぅぅぅぅぅーっ!」
 力士は母の様相に恐れをなし、片手に持っていた米俵を投げ捨てて玄関から外へ飛び出した。
「あらまっ、案外いい泥棒さんね」
 母はにこっと微笑んだ。
 力士は図中では両手に抱えていたが、取り出される際一つ落っことしたらしい。
 昇子の部屋にて、
「面白いおじちゃんだったね」
「うん。質量数どれくらいなんだろう? 百キログラムは優にありそうだぜ」
流有十と摩偶真は満足げな笑顔、
「役に立たなかったね、あのスモウレスラー」
「根性が予想と全然違ってたな。あいつは肉ばっか食ってそうだけど草食系男子か」
 サムと玲音は呆れ顔でさっきの力士の印象を語る。
「まだ坪内逍遥さんすら生まれていない幕末から、いきなり二十一世紀の世界に飛ばされたのですから、あのような素っ頓狂な反応をされても無理は無いと思います」
 伊呂波はほんわか顔で意見する。
「幕末なら、科学もけっこう発達してたと思うんだけどな。あっ、ショウコイル達、もうかなりやばい状況になってるぜ。オレっちが助けに行って来るよ」
 摩偶真は早口調でそう言って理科の資料集を手に抱え、テレビ画面に飛び込んだ。
「焦眉の急ですね。わらわもお手伝いします」 
 伊呂波もあとに後に続く。
「摩偶真お兄ちゃんと伊呂波お姉ちゃん、大丈夫かな?」
「あの子達ならabsolutely無事にライオンを二次元に戻せるよ」
「摩偶真君、伊呂波君、頑張ってくれ。大怪我したら、歴史の資料集からナイチンゲールを召還してやるから」 
 残る三人は固唾を呑んでモニター越しに見守る。
その頃、昇子、帆夏、学実の三人は高さ三メートルくらいのブロック塀に突き当たってしまっていた。袋小路だ。すぐに引き返そうとしたが時すでに遅し。ライオンはもう、三人の一メートル以内まで迫って来ていた。
「ひいいいいいっ、ラッ、ライオン様。どうか、ワタシ達の側から離れて下さいませぇ」
「どっ、どうしよう、どうしよう。マッ、ママァ。助けてぇーっ!」
「まなみ、しょこら、うちら、死ぬ時は、いっしょよ」
 三人はブロック塀に背中を付けて、手を繋ぎあってカタカタ震えていた。ライオン目線からだと真ん中に学実、右に帆夏、左に昇子という配置。
 グゥアゥオッ! ライオンが三人の目と鼻の先まで迫り絶体絶命のピンチに陥った。
その時、
「ショウコイル、助けに来たぜ」
「昇子さん、助けに来ました」
 摩偶真と伊呂波が正義のヒーローのごとくタイミングよく登場した。
「哺乳綱ネコ目ネコ科ヒョウ属のライオン、オレっちと勝負だぜ」
 ガオォッ! ライオンは摩偶真の方を振り向く。
「あの、皆さん、これを付けて目隠しして下さい。強い光が出るので」
 伊呂波は三人に長い黒い布を手渡した。
「分かった、伊呂波ちゃん」
「どっ、どなたか知りませぬが、ありがとう、ございます」
「どっ、どうも。こうすれば、ええんかな?」
 三人はすぐさま言われたとおりにした。
「ライオンさん、やめて下さぁーい!」
 伊呂波はそう叫ぶと、顔を般若面に変化させた。
 ガゥオ! ライオンはびくーっと反応し、思わずあとずさる。
「二度と使わないと決めていたのですが……」
 伊呂波は瞬く間に元の顔の形へと戻った。
「ショウコイル、あとは任せて」
 摩偶真はそう告げると姿を消し、ライオンに気づかれないようにさらに近づく。再び姿を現すと、ライオンの背中に乗っていた。すぐさま理科の資料集をライオンの背中に押し付ける。
 するとライオンはあっという間に二次元の世界へと戻っていった。
 摩偶真と伊呂波もそそくさここから退場し、昇子のおウチへ戻っていった。
「なあ、しょこら、まなみ、二次元からそのまま飛び出したような子が、いたよね?」
「はい、ワタシの目にも見えました。さっきの出来事は、夢ではないでしょうか?」
帆夏と学実は、ぽかんとしていた。
助かったぁ、っていうかあのライオンさん、私の理科の資料集から出したやつだよね?
 正体を知っている昇子は冷静だった。
「そんじゃ、危機は去ったことだし、気を取り直して買いに行くか」
「そうですね。今日は非常に貴重な体験が出来て、よかったです」
「あら、あら」
 それからすぐに何事も無かったかのように通常精神状態に戻った帆夏と学実の反応に、昇子は笑いながら突っ込んだ。
 こうして三人は予定通り、お目当てのコミックスを買いに駅前の大型書店へ向かうことに。
      *
「すまねえ、多大なご迷惑をかけて。おれさまは切腹物だ」
 摩偶真と伊呂波が昇子の自室に戻ってくるや、玲音は深々と頭を下げて謝罪。
「いやいや、べつに謝らなくても。オレっち、ライオン退治、けっこう楽しかったし」
 摩偶真は嬉しそうにしていた。
「玲音さん、もう二度とこういうお仕置きの仕方はやらないで下さいね」
 伊呂波はぷくぅっとふくれた。
「大変申し訳ない」
 玲音はもう一度謝罪の言葉を述べて、伊呂波からも許しを得たのだった。
「この様子じゃ、レオングストロームのお仕置きは効果なかったみたいだな」
 書店にてお目当ての本を物色する昇子達三人の姿をモニター越しに眺め、摩偶真は楽しそうに微笑む。
      *
「昇子君、遊びに誘惑されただろっ! このメスブタがっ!」
 昇子が帰宅して自室に入った瞬間、いきなり玲音に竹刀で頭をパチーンッと叩かれた。
「いったぁぁぁぁぁぃ!」
 昇子は両目を×にして両手で頭を押さえる。
「ちなみに遊びは、古語では詩歌・管弦・舞などを楽しむことをいう場合が多いですよ」
 伊呂波はにっこり笑顔で伝えながら手をかざし、昇子がさっき受けた痛みを取り除いてあげた。
「ショウコちゃん、明日はmost importantな英語があるんだよ。ロスした分、しっかり取り戻さないとね。シッダウン!」
「分かった、分かった。今すぐやるから」
 昇子は容赦なくサムに力ずくで椅子に座らされ、明日ある教科のテスト勉強を始める。
「昇子お姉ちゃん、いよいよ明日で期末テスト終わりだよ。もう一息」
 流有十はそんな昇子を優しく励ましてあげた。数学の教科書と問題集とノートを右手に抱え、コンパスの針を左手に持ったまま。
        *
 その日の夜、灘本家の夕食団欒時。
『次のニュースをお伝えします。今日正午過ぎ、兵庫県西宮市内の路上を褌姿で走っていたとして、公然わいせつ罪の現行犯で住所不定、自称力士、龍右エ門容疑者を逮捕しました。調べに対し龍右エ門容疑者は、こちとら生まれは越中国礪波郡戸出村。米俵を運んでいたら、突然しゃべる箱とか、鉄で出来たイノシシとか、ペリーの船よりもでっけぇ建物があるべらぼうな場所に着いちまったんでぃっ! などと意味不明な供述をしており……』
「あっ、こいつ。今日ウチに入って来た泥棒だ」
 夜七時台のこのニュース画面を見て、母は反応する。
「泥棒に入られたの!? ママ、大丈夫だった?」 
「怪我は無かったのか?」
昇子と父は心配そうに尋ねた。
「当然よ。ママはそんなやつくらいで怯まないわ。実際すぐに逃げちゃったし。お笑い芸人さんかな? とも思ったわ」
 母は嬉しそうに、自慢げに語った。
        *
「昇子お姉ちゃん、計算間違え多過ぎぃっ。ケアレスミスは入試では命取りになるよ」
「いたたたぁっ、流有十くん、コンパスで頬突くのやめてぇ~」
夕食後も、昇子は引き続き厳しく指導される。
「昇子君、喝だっ!」
「いったぁーっぃ」
 社会科担当の玲音も竹刀を手に持ち、指導に加わる。彼は昇子が社会科以外の教科を勉強させられている時も、常に副教官として勤めているのだ。それだけ昇子の学習指導に強い責任感を持っていることの表れだろう。
「乳首はNGかぁ。ヒトのメス以外の動物の乳首は学校の教科書でも普通に解禁なのになぁ」
「でも、ヒカルちゃんによると昔は出してたみたいだよ」
 摩偶真とサムは昇子が誘惑に負けて今日買ってしまった雑誌に夢中。
「……」
 伊呂波は漫画の方を熱心に黙読していた。
教材キャラ達はすっかりあの力士のことを忘れてしまったようなのだ。
 同じ頃、
「べらんめぇっ!」
 そのお方は取調室で、やり切れない思いを江戸弁で、でっけぇ声で叫んだのであった。
     ☆  ☆  ☆
英語、サムくんが作ってくれた直前予想問題集と全く同じのが三分の一くらいあったな。最初のリスニングもけっこう聞き取れたし、長文問題も半分以上は解けたと思う。
最終日一教科目の英語、昇子はかなり高調だったようだ。
最後の教科、数学のテストが終わり回収された後、
「やっとテスト終わったぁ! これで思う存分遊べるわ。あとは授業昼までやし、もう気分は夏休みやーっ!」
 帆夏が昇子の席へ近寄って来て、陽気な声で話しかけてくる。
「四〇〇、いけるかなぁ」
 昇子は不安な気持ちでいっぱいだった。数学はあまり出来なかったのだ。
「しょこら、後は結果を待つだけじゃん。気楽に行こうよ。テイク、イット、イージー」
 帆夏は昇子のポンッと肩を叩き、習ったばかりの英語表現で勇気付けようとしてくれた。

昇子は今日の帰りに外科医院へ立ち寄り、包帯を外してもらった。テストが終わってようやく右手が自由に使えるようになったのだ。
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