昭和式スパルタ塾行き回避すべく、通信教育教材頼んだら二次元で三次元イケメン&キュートな男の子達がついてきた
放課後、図書部に入っているが今日は活動の無い森優は、そのまま同じ部活の同性友達と下校する。昇子、帆夏、学実の仲良し三人組はパソコン部の部室となっているコンピュータルームへ。そこには最新式に近いデスクトップパソコンが四〇台ほど設置されてあるのだ。三人は一台のパソコンの前にイスを寄せ合い、近くに固まって座った。昇子が電源ボタンを入れ、彼女のパスワードで起動させる。
「さっそくこれ見ようよ」
帆夏はとある動画配信サイトのアニメを再生した。パソコン部の本来の活動内容はゲームやホームページの製作なのだが、この三人はアニメ鑑賞をして遊んでいることが多いのだ。顧問はいるものの、放任状態となっているため特に咎められることはないという。二十数名いる他の部員達もネットゲームで遊んだり、動画投稿サイトや某巨大ネット掲示板なんかを眺めたりして本来の活動内容とは全然違ったことをしている者は多い。真面目に活動している者は少数派なのだ。ちなみに男女比はほぼ半々だ。
「おう、いきなりシャワーシーンですか。筋肉もいいね」
 開始十秒で、学実の表情がほころぶ。
「やっぱ男は二次元に限るよね?」
 流れてくる高画質かつ高音質な映像を眺めながら、帆夏はにやけ顔で問いかける。
「その通りね。三次元にはろくなのがいないよ」
「確かに二次元の男の子はすごくいいけど、私は恋愛対象にまではならないなぁ。髪の色が変だし。あんな水色とか緑とか、ピンクとかオレンジとかあり得ないでしょ」
 昇子はキャラクターよりも若干、ストーリー重視なのだ。まだ、この二人ほどはカッコかわいい系深夜アニメには熱中していないようである。
「そこには突っ込んでやるなって。しょこらはまだまだ二次元世界初心者やね」
「昇子さんは、ワタシや帆夏さんのようにまではのめり込まない方がいいよ。もう戻れなくなっちゃうからね」
 学実はにこにこ顔で自虐気味に警告した。
「それより私今、通信教育を、またやってみようかなぁって思ってるんだけど」
「その方がええんやない? 烈學館行かされるんなら」
「ワタシも同意です。森優さんもおっしゃっていた通り、塾なんかへ行くより、通信教材で勉強した方が絶対効率良いとワタシも思うので」
「でも私、小学校の頃、教材ほったらかしにした前科があるからママに絶対反対されると思う」
「そこはしょこらの説得力が試されるね」
 帆夏はにっこり笑う。
「そこですね、一番の関門は」
 学実はきりっとした表情を浮かべながら呟いた。
「通信教育をもし認めてくれたとしても、進○ゼミみたいなごく普通のやつじゃ、続けていく自信は無いなぁ。前の二の舞になりそう。何か私でも長続きしそうなの、例えばカッコかわいい系の中学生向け通信教育とかないものかなぁ? 学実、そんなのってある?」
 昇子はため息まじりに尋ねてみた。
「ワタシは今までにいろいろな通信教育を受講して来たけど、さすがに聞いたことがないなぁ。通信教育じゃない萌えキャライラスト入りの英語、物理、化学、古文、歴史などの参考書くらいかな。カッコかわいい系の教材といえば」
 学実はちょっぴり残念そうに伝える。
「そういう系の、本屋さんでけっこう見かけるけど、それで勉強するから塾には行かないってママ説得するのはもっと難しいと思う。やっぱ、塾に行くしかないよねぇ」
 昇子は苦笑いした。
「まあ諦めるなって、しょこら。ネットで探してみればひょっとしたら見つかるかもよ」
「……一応、探してみよっかな」
帆夏の呟きを聞いて、ちょっぴり期待を抱いた昇子はブルーレイの停止ボタンを押し、インターネットエクスプローラを起動させる。ポータルサイトの検索窓に『腐向け萌えキャラ』『百合』『通信教育』『高校受験』『五教科』と一単語ごとにスペースキーを押して入力し、Enterキーを押した。
「やっぱあるわけないよねぇ」
 昇子は苦笑いする。検索結果1~10件目に表示されたのは、目的とは全く異なるサイトへのテキストリンクだった。
「しょこら、11件目以降も見てみぃよ」
「もちろんそうする」
 昇子は《次へ》をクリックし11件目から20件目を表示させた。
 先ほどと同じく、目的とは全く異なるものであった。
 21件目以降も調べていったが、やはり目的のものは見つからず、最終ページまで辿り着いてしまった。百数十件しか検索されなかったため、あっという間だった。
「まあ、こうなるとは思ってたよ」
 昇子は両腕を上に伸ばして一息つく。
「諦めず、根気強く探してみることが大切だとワタシは思います」
 学実はほんわかした表情で横からアドバイスする。
「そうだね、ちょっと語を変えてみよっと」
 昇子は、今度は『腐向け萌えキャラ』『百合』『高校受験対策』『通信講座』『五教科』『国・数・英・社・理』『二次元美男子』『中学生向け』『アニメ絵』……などと思い付く限りの語を入力して打ち込んで再検索してみた。
「わっ! 何これ?」
すると検索結果1~10件目の1件目にいきなり、【乙女向け萌える高校受験対策通信講座】という文字で表示されたテキストリンクが目に飛び込んで来た。
昇子は思わずそれをクリックして、そこのホームページを開いてしまった。
「……うわっ」
 昇子は切り替わった画面を見て、目を丸める。小学生から高校生くらいに見える、男の子四人と女の子一人のアニメ風イラストで彩られていたのだ。 
「BL好き、百合好き女子中学生共に必見! 苦痛な受験勉強が娯楽に変わっちゃう、主要五教科萌える通信教育高校受験対策コース乙女用。萌えキャライラスト付き学習教材テキストをキミにお届け。キミの家庭学習を手厚くサポートしてくれるのは、当ページに掲載されているこの五人の美男美女達。キミの通う中学の先生と同じように、教科毎に違うタイプの美男美女達がレクチャーしてくれるというわけなのだ。この個性的な五人の美男美女講師達といっしょに楽しみながら受験勉強して、キミも楽々第一志望校へ一直線。今からでもじゅうぶん間に合う。3Dにも対応だよ♪」
 説明文を昇子がやや早口調で読み上げると、 
「おおおおおっ、あるじゃん! やっぱ探してみるもんね、しょこら。女キャラも清楚な和風のお姉様って感じでかわいいし、男キャラも男の娘っぽいショタからSっぽいお兄さんまで揃っとうし。これ、キャラデザすげえいいじゃん。キャラクターデザイン&教材テキスト監修、安居院洸(あんきょいん ひかる)って、かっこいいペンネームね」
 帆夏は画面に顔をぐぐっと近づけ、興奮気味に叫んだ。
「まさか、こんな通信教育教材も、あったとは……」
 学実は目を大きく見開き唖然とする。
「……待って、これは作り物の広告ではないでしょうか?」
 けれども彼女はすぐに冷静になった。
「確かに、胡散臭いよね。しかも教材費が六月号から来年三月号までの十ヶ月分一括払い十万八百円って、高過ぎじゃない?」
「飛び出して見える3D萌えキャライラスト付きだし、これくらい普通っしょ。塾行くよりも安いよ」
 昇子も慎重に判断するが、帆夏はこう意見してくる。
「でも、どう見ても怪しいよ、この教材。本当に存在するとは思えない」
「ワタシもそう思います。存在するならネット上でもっと話題になっているはずですし」
「各キャラのプロフィールは、受講生だけに公開かぁ。すごく気になるけど」
「しょこら、試しにこれ、受講してみぃよ」
「うーん……まあ、広告だけ印刷しておこうっと」
 尚も興奮気味な帆夏に強く勧められ、昇子は疑いながらも一応、このホームページ内の教材広告をカラーでプリントアウトしておいた。
「しょこら、URLもとりあえずメモ用紙に控えておいたよ」
 昇子が教室前方にあるプリンターまで出力用紙を取りに行っている最中、帆夏から叫ばれる。
「ありがとう。副教科は、どうしようかな?」
「ワタシ、副教科の方は受講してないよ。習うことが学校によって、先生によっても大きく異なるからね。教科書に準拠しないケースも多いですし」
 悩む昇子に、学実は淡々とコメントする。
「確かにそうだね。美術と体育なんかほとんど教科書使ってないし。じゃ、主要五教科だけでじゅうぶんか」
 戻って来た昇子はこう呟きながら、椅子に腰掛けた。
「昇子さんが強制入塾されそうになってる烈學館、昔は体罰ありのスパルタ教育だったけど、今はかなり生ぬるくなってるらしいよ。この塾に通ってる子のお母様のツイッターによると。今日はちょうど駅に寄るし、外観だけでも見に行ってみない?」
「そうだなぁ。一応見ておいた方がいいな。帆夏はどうする?」
「もちろん行くわ~。どんな感じの塾なんかうちもめっちゃ気になるからね」
 あのあとこう打ち合わせた三人は四時半過ぎに学校を出て、最寄りのJR駅近くへやって来た。普段利用する道から一本隔てた通りに、烈學館はあった。三人は興味本位でその建物の側に近寄ってみる。
 四階建てで、東大本郷キャンパス安田講堂を髣髴とさせる赤茶色の煉瓦造り。周囲の建物と比較して威圧感があった。中学受験、高校受験、大学受験全てに対応している、わりと大きめの進学塾で少人数制、習熟度別クラス、熱血指導が謳い文句らしい。
入口横には東大○○名、京大○○名、灘○○名、東大寺学園○○名、神戸女学院○○名、親和○○名、松蔭○○名、海星○○名などなど名門校の合格実績が書かれた看板も目に付く。 
「遅いぞ、こんな基本的な数列の問題くらいもっとパッパッパッと解かんかいやっ!」「ぅおーい、なんでこんな簡単な問題間違うんじゃボケェッ! おまえそんなんじゃ灘どころか六甲にも受からへんぞぉっ!」「そこの二人、ぺちゃくちゃおしゃべりするんやったら今すぐ出て行けぇーっ!」「これ何やっ? こういうくだらんもん持ち込むなって塾規則に書かれとったやろうがぁっ! 字ぃ読めんのかぁぁぁっ!」 
 建物内からは、こんな講師達のドスの利いた怒声が三人の耳元に飛び込んで来た。
 その声と共にパシーンッ! と竹刀で床や机を思いっ切り叩いていると思われる音も。
 教室の窓が開かれていたこともあり、より一層聞こえやすくなっていたのだ。
「しょっ、しょこら、まなみぃ、外からでも、雰囲気が伝わってくるね」
「うん、めちゃくちゃ怖いよぉ。私、こんな所に週五も通わされるのかぁ……」
「ワタシもびっくりしたよ。さすが熱血指導なだけはありますね」 
 三人は怯えながらその建物の前を早足で通り過ぎて行く。
 その途中、
「きみら、入塾希望者か? 自由に見学していいぞ。ただし私語は厳禁やっ!」
 おそらくこの塾の講師であろうお方が窓から三人を見下ろして来た。
 切磋琢磨と太い字で書かれたハチマキを締め、なまはげ風な険しい表情をしておられた。
「いっ、いえいえ」
「わっ、私、違います」
「あの、ワタシ、塾での教育なんかには全く以って興味ありませんのでぇぇぇ~」
三人は慌てて走り出し、烈學館から二百メートルほど先の最寄り駅構内へ。切符を買い、改札を抜けてホームへ上がり、ほどなくしてやって来た快速電車に乗り込む。
揺られること十数分、三ノ宮駅で降りた三人は人ごみを掻き分け西口を出てセンタープラザへ向かい、お目当てのアニメグッズ専門店に立ち寄った。
この三人は月に二、三回程度、学校帰りに電車に乗って県庁所在地神戸の中心地、三宮へ遊びに行くことが一年半ほど前からの習慣となっている。主にお目当てのアニメや声優のCD、マニアックな月刊・隔月刊誌が発売される日だ。これも部活動の一環なのだと三人は勝手に決め付けている。
 発売中または近日発売予定のアニメソングBGMなどが流れる、賑やかな店内。
 彼女らと同い年くらいの子達が他にも大勢いた。
「あっ! これ、サ○テレビで今放送中のやつだ。ブルーレイのCM流してる」
 昇子は店内設置の小型テレビに目を留めた。
「うちこのアニメのブルーレイばり集めたい。でも三話収録で八千越えじゃ手が出んわー」
「ワタシ達中学生にとっては高過ぎますよね」
「同意。うち、このフィグマもめっちゃ欲しい。けど二五〇〇円もするんか。やっぱ高いなぁ。これ買ったら今月分の小遣いすっからかんや」
帆夏は商品の箱を手に取り、全方向からじっくり観察する。
「買っちゃえっ!」
 約五秒後、魅力にあっさり負け、購入することに決めた。
「帆夏、やるねぇ。私も欲しいグッズがあるんだ。あのクリアファイル」
「二人とも、衝動買いは程ほどにね。きっと後悔するよ」
 学実はほんわか顔で忠告しておく。
昇子と帆夏は当初買う予定の無かった商品もカゴに詰め、レジに商品を持っていく。
「五九五〇円になります」
 店員さんから申された代金は三人で出し合った。ポイントカードも差し出す。この三人は常連客なのだ。
 アニメグッズの詰められたレジ袋を通学カバンに詰め、三人が意気揚々と店から出たその時、
「おまえらなんでここにおるねん! これ何やっ? 娯楽施設寄るなって烈學館の塾規則に書かれとったやろうがぁっ。字ぃ読めんのかっ! こういうくだらん店立ち寄るなって入塾式で言ったこと、覚えてないんかい?」
 出入口から十メートルほど先の通路上で、上背一四〇センチもないだろう小学生っぽい女の子二人組が、三人を見下ろして来た烈學館の講師と同じ字が書かれた鉢巻を締めた、一八〇センチは超えていると思われる四〇歳くらいの、金剛力士像のような厳つい表情をしたおっさんに厳しく叱責されているのを目撃した。女の子二人組はしくしくすすり泣きしていた。
「あわわわっ。今、ワタシの目には、あのお方に角が生えているのが見えました」
「……塾外でも、監視されとったんかぁ。十キロ以上は離れとうのに。あの子達、トラウマ物やね」
「講師も、すごい迫力だね。武道家みたいだよ。これは……やばいよ」
 三人はその光景をちらりと見て、慄然としたようだ。
「しょこら、大ピンチやね」
 帆夏は他人事のようににこにこ笑う。
「私、帰ったらママにしつこく説得してみるよ。なんとしてでも烈學館行き回避しなくちゃ。私、筋金入りの豆腐メンタルだしあんなアウシュビッツみたいな非人道的な塾入れられたら堪らないよ」
「昇子さん、頑張って下さいね。健闘を祈ります!」
 学実はきりっとした表情でエールを送ってあげた。
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