「孤高の悪女」で名高い悪役令嬢のわたしは余命三か月のようなので、最期に(私の想い人の)皇太子の望みをかなえてあげる予定です。なにか文句ある?

あらあら、やっているわね?

 広間に入ったと同時に、エリーゼの手がわたしの腕から離れた。

 広間内にさっと視線を走らせ、状況を把握する。

 カサンドラ・ヴァレンシュタインとその取り巻き数名は、こちらに背を向けている。

 それ以外のご令嬢たちは、いたたまれないような表情で花瓶に花を飾り続けている。彼女たちは、わたしが広間に入ってきたのを見て驚きの表情を浮かべた。

 口の前に指を一本立てると、みんなかすかに頷いて作業に戻った。

 先生はいない。

 カサンドラたちの標的になっているアポロニア・シュレンドルフもまた、わたしに気がついた。

 だから、同じように口の前に指を一本立てて静かにするよう合図を送った。

 それから、そっと長テーブルに近づくと、手前にある花瓶を握った。

 たっぷり水が入っている。

 こっそり、なんてことは性にあわない。

 だから大理石の床を踏みしめ、堂々とカサンドラに近づいた。

 カサンドラは、わたしの殺気というか害意というかそういうなにかに気がついたらしい。

 彼女は、唐突に振り返った。

 その彼女におもいっきり花瓶の水をぶっかけてやった。

「キャアッ!」
「キャーッ!」

 カサンドラの周囲にいる取り巻きたちにも水がかかってしまった。

 とばっちりである。彼女たちは、悲鳴を発しつつ飛びのいた。

 お気の毒様。

 ちっとも悪いとは思わないけれど。
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