「孤高の悪女」で名高い悪役令嬢のわたしは余命三か月のようなので、最期に(私の想い人の)皇太子の望みをかなえてあげる予定です。なにか文句ある?
「さて、アポロ。部屋へ戻りましょう。あなた、ずぶ濡れよ」

 また体ごとうしろへ向き直り、すぐ目の前のカサンドラ越しにアポロニアに声をかけた。

 まるでカサンドラの姿が見えていないかのように。

「アイ」

 アポロニアが駆けてきたので、カサンドラに一瞥くれてからアポロニアと歩き始めた。

「災難だったわね。いつどこで花瓶の水が降ってくるかわからないから、おたがいに気をつけましょう」
「そうよねー。ほんと、災難だったわ」

 うしろで沈黙を守っているカサンドラへの皮肉に、アポロニアがほんわか応じた。

 あいかわらず空気を読まないというかわが道を行くというか、とにかく彼女は独特で天然すぎる。

 二人して広間を出た瞬間、「なんなの、あいつ?」とカサンドラの金切り声が大廊下に響き渡った。

「『孤高の悪女』、アイ・バッハシュタイン様よ。そんなこと、いまさらきく?」

 だから、うしろを振り向くことなくそう叫び返してやった。

 そうして、アポロニアと去った。
 


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