闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う
 禁忌とされる運命に抗うことは不可能のように思えるが、加藤木は視野を拡げればまったく問題ないとあっけらかんと言葉を紡ぐ。すでに“諸神信仰”を盲信していた指導者、桜庭雪之丞は死に、後継の椅子は空のままだ。蘭子は亜桜家との関係を絶ち切り、宗教法人から手を引いた。“巫”の一族である亜桜家も、いまは小手毬という“器”がいなければ何もできない嘘つき集団だ。この土地に古くから息づく赤根一族のなかにも雨龍のように“諸神”の存在について懐疑的な者がいる。この地で栄華を誇っていた諸見里の一族も本家の当主の死で落ちぶれ、“女神”にすがる暇もない。一部の、ほんの一握りの狂信者だけがいまも“諸神”と神を降ろす“女神”の恩恵を受けようと必死になっている。
 すべてがデタラメだとは思わないが、この現代で危険思想に近い宗教と根付いた生活を送るのは困難を伴うと加藤木は痛感している。自分が部外者だからと言えばそれまでの話だが、陸奥のように巻き込まれ、危うく抜け出せなくなりそうになっていたことからも、このままにしておけないと改めて思ったのである。
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