闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う

   * * *


 戸籍から亜桜小手毬という名前が消えたため、彼女は「手毬」に名を改めた。
 自由も「サダヨシ」ではなく「ジユウ」と彼女の前で名乗っている。兄妹であることは黙ったまま、幼い頃から結婚を約束した恋人だと教えると、手毬は素直に納得し、それ以上問いただすこともなくなった。

「じゃあ、ジユウ……さん?」
「そうだよ、手毬」

 だが、たまに自由が彼女のことを小手毬と呼んでしまうため、「あたし、テマリ? コデマリじゃなくて?」と不安そうな声をあげることがあった。
 そんなときは「コデマリっていうのはむかしの、小さいときの呼び名だったから……」と自由は淋しそうに微笑うのだ。

 ふたりのもどかしいやりとりを見守っていた菊花は、彼女を諭す。
「貴女はもう小さな子どもじゃない。ジユウとふたりで新しい名前で生きていくの」
 そう言われて以来、彼女は自分のことを受け入れ、「テマリ」と呼ぶようになった。
 菊花を自分の本当の母親であることを知らない手毬だったが、彼女の言葉は不思議と乾いた土に染み渡る水のように素直に飲み込める。そのことを自由に伝えると「彼女は悪いひとじゃないけど、深く関わらなくていい」と窘められてしまった。
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