闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う
 蜻蛉の薄い緑がかった青い翅は、陽光に照らされて銀色がかった模様を窓に映している。興味深そうに逃亡を試みる羽虫を注視している小手毬に気づいた陸奥は、何も言わずに窓を開ける。
 桟にひっかかっていた片翅が千切れる。ひっと、小手毬は悲鳴をあげる。
 羽虫は風に煽られてあっさり落下していった。小指の爪ほどの片翅だけが、小手毬の視界に残る。


「こんな虫のどこが面白い?」


 つまらなそうに、陸奥は残骸を拾い上げ、息を吹きかける。やがてそれも、後を追うように、ゆらり揺らぎながら、宙を舞う。

「ひどい」

 小手毬は陸奥をキッと睨みつける。キラキラ輝く宝石のような蜻蛉は、陸奥の行為のせいで、片翼を失い、きっと死んでしまっただろう。小手毬は残酷だと嘆く。罵る。

「ひどい、ひどい」

 哀しそうに、小手毬は繰り返す。陸奥は淡々とした声で、小手毬を諭す。

「放っておいても、死んだぞ」
「でも、生きようとしてた」

 ここから逃げ出そうと足をばたつかせて。空に飛び立とうと透明な青い翅を震わせて。

「力尽きてくたばるのがオチだ」

 陸奥は蜻蛉一匹の死に執着する小手毬を憐れむように、言い放つ。
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