闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う
「……あたしみたいに?」
ふたりの言い争いを黙って見ていた看護師がギョっとした顔をして硬直している。
「知るか」
陸奥は小手毬の真摯な訴えすら却下し、蜻蛉の消えた空に向けて舌打ちをする。
「放っておけば死ぬ。それは事実だろ」
「そうかもしれないけど、でも」
「お前だって、ひとりで生きようとあがくだけで、生き延びれると思うか?」
「う……」
「植物状態だったお前が、点滴も酸素吸入器もなしで生きていけたか?」
蔑むように、陸奥は小手毬を責める。
小手毬は黙り込み、唇を噛みしめる。鮮やかな赤が、口許から滴る。鉄のような苦い血の味を、舌が感じ取る。
今にも泣きそうな小手毬は、それでも陸奥をじっと見据える。その左右非対称の瞳が、彼を惑わせていることも知らずに。
「陸奥先生、言いすぎだと思いますよ」
車椅子をひいていた男性看護師の諌める声が、陸奥を正気にさせる。
「……すまない」
小手毬の耳元で囁かれた謝罪の言葉は、彼女の耳元を煩わしそうに通過する。
「ミチノク」
結局、涙を見せなかった小手毬は、淋しそうに呟く。