雨宮課長に甘えたい  【コンテスト用】
 疋田さんは総務部に配属になった初日に、最初に声をかけた女性だった。顔を合わせれば雑談ぐらいはするようになった。

雨宮課長(うちの課長)が遅れていて、ごめんね」
『うちの課長』って表現に違和感を覚える。雨宮課長は総務課全体の課長だから、私たち庶務係の課長でもある。

「いえ」
「なんか緒方専務に呼び出されているみたい。週刊誌の事だと思うけどね。社内でこれだけ噂になっているから」

 心配になる。雨宮課長、大丈夫かな。

「中島さん、うちの課長を謝らせたらしいじゃない。公衆の面前で上司に恥をかかせるのはどうかと思うけど」
 アイシャドウの濃い目がジロリとこっちを向いた。
 敵意のある視線。さっき会議室で感じたものだ。

 疋田さんが手伝いに来たのは、社食での件を注意したかったからだ。
 事実は少し違うけど、私が原因になった事は変わらない。

「すみません」
「中島さん、宣伝部にいた時は阿久津部長に噛み付いたんだって? 凄いよね。上司に意見するって。だけど、総務部ではやめて。総務は平和なの。上司に意見するとかってないから。波風立つような事はしないで。今度うちの課長を侮辱するような事をしたら許さないから」

 最後の言葉が強く響いた。
 疋田さんの強い怒りを感じる。

 私に怒りを持つ疋田さんの立場はわかる。
 雨宮課長は上司として慕われているんだな。

「本当にすみませんでした」
 雨宮課長をみんなの前で謝罪させた事が申し訳なくて、頭を下げた。
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