雨宮課長に甘えたい  【コンテスト用】
 会社を出たあとはオールナイト上映を見に行く、新橋にある名画座(旧作を上映する映画館)まで足を伸ばした。

 落ち込んだ時はいつも映画を観る。スクリーンの大画面とシアタールームに響く大音響が映画の世界に没入させてくれる。現実の嫌な事も映画を観ている二時間は忘れられる。

 今夜は何を上映しているだろう?
 青絨毯敷きの映画館のロビーで上映作品を物色していたら、隣に誰かが立つ気配がする。

 見覚えのある焦げ茶色のビジネスシューズに心臓が大きく脈打つ。
 ゆっくり顔を上げると、雨宮課長が立っていた。

 何の心の準備も出来ていない。逃げなきゃ。そう思った時、「何観るの?」と親し気な声で雨宮課長に聞かれた。
 奈々ちゃんって呼んでもらった声と同じ親しみのあるトーン。

 課長、私の事、怒っていないの? 社食で、みんなが見ている前で謝罪させちゃったんだよ。私とは話したくないんじゃないの?

「今夜は俺も映画って気分だったんだ。中島さん、付き合ってよ」
「でも、雨宮課長は佐伯リカコの恋人で……」
「だから何? 佐伯リカコ以外の人と映画を見ちゃいけないの?」
 怒ったような言い方で戸惑う。機嫌が悪い課長を初めて見た気がする。

「今の時間はハリソン・フォード主演、オードリー・ヘップバーンのリメイク『サブリナ』か。1995年のハリウッド映画だね。これにしよう」

『サブリナ』は好きなラブコメ映画だ。
オードリー・ヘップバーンが演じたヒロインをジュリア・オーモンドが演じていて、彼女がやったヒロインのサブリナの方が好きだった。

「中島さん、映画始まるよ。早く」
 いつの間にか雨宮課長は私の分のチケットも買っていた。大好きな人に大好きな映画に誘われては断れない。課長と一緒にシアタールームに入った。
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