雨宮課長に甘えたい  【コンテスト用】
 席は一番後ろの、真ん中の列で雨宮課長の左隣だった。
 すぐ隣に課長の気配を感じてドキドキする。

 課長はスクリーンの方に視線を向けていた。

 本編はまだで、今は予告を上映している。
 ウエストシネマズが配給している作品の予告もあって、嬉しくなる。

「俺の親父ってさ。実は映画監督なんだ」
 前を向いたまま雨宮課長が口にした。
「映画監督なんですか?」
 意外過ぎてびっくり。知っている監督かな?

「それで俺の母親は銀座のクラブで働いていた。そこで二人は出会ったらしい。そして俺が生まれた。しかし、親父には家庭があって、二人は一緒になれなかったんだ。俺も親父の顔をよく知らない。小学校に上がる前は会いに来てくれたらしいんだけど。でも、誰かとよく映画を観に行った記憶はあるんだ。多分、親父なんだよ。この新橋の名画座が親父が連れて行ってくれた映画館の雰囲気に似ているんだ。だから、つい足を運んでいるのかもしれない」

 つまり課長のお母さんは未婚のまま課長を産んで、課長は母子家庭で育ったんだ……。
 そんな複雑な家庭で育っているとは想像もしていなかった。ただ、ただ驚くばかり。

「こんな話、唐突にして驚かせたね」
 課長の温かい手が気遣うように膝の上の私の手を包む。
「親父が映画監督だって話は佐伯リカコにしていない。奈々ちゃんが俺にとって特別だから話した」
 特別って言葉に泣きそうになった。そんな風に思っていてくれたなんて嬉しい。

「奈々ちゃんが恋しいよ。まだ二週間しか経っていないのに、触れたくて仕方ない。十二月までは奈々ちゃんを我慢するつもりだったけど無理だ。どうやら、思っていたよりも俺は奈々ちゃんが好きらしい」

 雨宮課長の告白が甘すぎる。
 私の方が好きだと思っていたのに、こんなに雨宮課長に想われていたなんて。今死んでも後悔はないと思える程、幸せ。

 嬉しくて課長に抱きつくと、課長も抱きしめてくれた。
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