雨宮課長に甘えたい  【コンテスト用】
 ちょっとごめんと言って、課長はスマホを持って部屋を出て廊下の方に行った。私に聞かせたくないんだ。

「今から六本木に来いだと」
 ダイニングキッチンのドアに耳を当てると困ったような課長の声が聞えた。
「リカ、無茶言うなよ」
 課長、佐伯リカコの事、佐伯さんじゃなくて、リカって呼ぶんだ。
 そうだよね。二人は夫婦だったんだもの。親し気なのは当たり前だよね。今は恋人のふりをしている訳だし。
 なんか辛い。さっきまでは幸せだったのに。

 でも、仕方ないよね。課長は12月まで佐伯リカコの恋人なんだから。
 課長だってきっと辛いよね。私がここで拗ねたりしたら心配するよね。笑顔で見送らなきゃ。

 電話が終わった気配がして、慌ててソファまで戻った。

「奈々ちゃん、あの……」
 課長が言いづらそうにこっちを見た。
 雨の中の子犬って感じの、寂し気な顔をされてキュンとする。

「私は大丈夫ですから、行って下さい」
「奈々ちゃん……」
「平気です。12月までは我慢します」
「ごめん」
「そんな顔しないで、拓海さん」

 初めて課長を名前で呼んだ。
 眼鏡越しの瞳が驚いたように揺れる。
 いきなり親し気過ぎた?

「拓海さん呼び、ダメでしたか?」
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