雨宮課長に甘えたい  【コンテスト用】
 お手洗いに行くけど、佐伯リカコの姿はなさそう。拓海さんの姿も見かけない。二人はどこに? もしかして、お店の外? そう思った時、廊下の突き当りの部屋から男女のひそひそ声がする。

「リカ、大丈夫か? 酔ったのか?」
 この声は拓海さん。

「ごめん。拓海。昨夜寝てなくて。一気に酔いがまわった。拓海がいて助かった。佐伯リカコが酔って気持ち悪くなっているなんて、みっともない姿さらせないから」
 この色気のある声は佐伯リカコ。

 拓海さんの事、『拓海』って呼ぶんだ。しかも呼び方が慣れた感じがして胸がキリキリする。
 私なんて最近だものね。雨宮課長から拓海さんになったの。

 はあー。面白くない。
 面白くないと思いながらも、二人の会話に聞き耳を立ててしまう。

「マネージャーの森さんはまだ来ないのか?」
「なんか渋滞に捕まったって」
「タクシーを呼んだ方が早いんじゃないか?」
「じゃあ、拓海がタクシーで送ってよ」
「子どもじゃないんだから、一人で帰れるだろ」
「冷たいのね。恋人でしょ」
「恋人のふりだろ。男とはどうなんだ? ちゃんと別れ話はしてるんだろうな?」

 そうよ。どうなってるよ。早く別れてよ。

「気になる?」

 気になるに決まってるでしょ!

「大いに気になるね。俺は早くこの茶番を終わりにしたいんだ」

 私も茶番を終わりにしたい。

「拓海、好きな人いるの?」
「いるよ。彼女を泣かせたくないんだ。だから早く終わらせたい」

 拓海さん……。私の事を考えてくれているんだ。
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