雨宮課長に甘えたい  【コンテスト用】
「中島さん、電車の中で居眠りしないように」

 駅の改札を通ると雨宮課長が言った。

「雨宮課長こそ、気をつけて下さい」
「そうだね。きっと僕の方が危ない。気をつけるよ」

 クスッと笑った時の眼鏡越しの瞳が優しい。
 雨宮課長ってこんなに優しい目をした人だったっけ?

「じゃあ、お疲れ」
「お疲れ様です」
 手を軽く振って、雨宮課長がホームに向かう。
 その背中を見送りながら、ハッとした。

 泣いていた事を口止めしなきゃ。

「雨宮課長!」
 私の声に雨宮課長が振り向く。
 傍まで駆け寄って、雨宮課長の顔を見た。

「あの」
 目が合った瞬間、胸がつまる。
 口止めしようとする事柄があまりにも情けない事だったから。でも、言わなきゃ。

「中島さんと映画館で会った事は秘密にするよ」
「えっ……」
 優しく微笑んだ顔に胸がギュッと掴まれる。
 雨宮課長、私の言いたい事、わかってくれた。
 
「じゃあ、お疲れ様」
 そう言って雨宮課長は階段を上った。紺色のスーツの後ろ姿を見つめながら、胸がドキドキする。ダメ。このドキドキはいけないやつだ。特別な感情を持ってはいけない。

 この状況が少しドラマチックだから、感傷的になっているだけ。
 これは現実で恋愛映画じゃないし、可愛げのない私ではヒロインにはなれないんだから。
< 14 / 211 >

この作品をシェア

pagetop