雨宮課長に甘えたい  【コンテスト用】
「中島さん、黙秘ですか?」
 黙っていると久保田の視線が鋭くなる。
「黙っているのは、今は交際を表にしたくないという事ですね」
 久保田のくせによくわかっている。
「お願い。久保田。聞かなかった事に」
 手を合わせて久保田を拝む。
「中島さんよりは口が堅いですから。大丈夫です」
「ちょっと、私が口が軽いみたいな言い草」
「中島さんは軽いですよ。今日子さんが初恋だった事は言わないで欲しかったです。金曜日に会った時に望月先生に初恋は実らないって、傷口に塩を塗るみたいにさんざん言われたんですから」
 望月先生なら言いそう。

「でも、言っておきますけど、今日子さんは初恋じゃないですから。本当の初恋は中島さんですから」
 ハイボールに咽た。
「はあ? 何言ってんの?」
「中島さんって、鈍いですよね。僕は中島さんの事がずっと好きだったんです」
 カウンターの上にドンっと音を立てて久保田がグラスを置いた。

「僕、五年も中島さんに片思いしているんですよ」
「何言ってんの。久保田は今日子さんが好きって言ってたじゃない」
「今日子さんを好きになったのは中島さんと重なる部分があったからです」
「私と今日子さん、全然タイプ違うけど」
「年上で、優しい所が似ています」
「私、優しくないよ」
「中島さんは優しいですよ。煮詰まっていると声をかけてくれるし、カフェオレ買ってくれるし、困っていると手を差し伸べてくれる。阿久津からも守ってくれたし。それに仕事に対する真っすぐな所は尊敬できるし。この人、本当に映画が死ぬ程好きなんだなって、一緒にいて感じて、そういう所に惹かれるんです。中島さんはいつも僕の目標です。僕も中島さんのように仕事ができるようになりたいって思っています」

 久保田、そんな風に慕ってくれていたんだ。くすぐったいな。

「中島さん、僕にもチャンス下さい」
 拓海さんの手より薄い手にいきなり手を掴まれる。
「放して」
「放しません。雨宮課長のどこがいいんですか? 事情があったとは言え佐伯リカコの恋人のふりを引き受けるような人ですよ。週刊誌の記事が出た時、中島さん、沢山、傷ついたでしょ?」
 久保田のくせに鋭い。
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