雨宮課長に甘えたい  【コンテスト用】
 演台の前に立つ、拓海さんが私を紹介し、拓海さんと交代するようにマイクの前に立った。
 程よい緊張感とわくわく感に包まれる。真っすぐにお客様の方を見て、ゆっくりと話し始めた。

「これから宣伝部の一押し作品を上映させて頂きます。この作品は先日、女優を引退した佐伯リカコさんが20歳の時に出演した映画デビュー作で、一部の映画ファンの間では幻の作品と言われてきました。監督の細野豊さんは残念ながら二年前に病気でお亡くなりになっています。今日は細野監督の代理としてご遺族の方にお越しになって頂いています。そして脚本を書いたのが弊社社員で、本日の司会進行役を務める雨宮拓海。彼が大学生の時に脚本家の登竜門として有名なシナリオコンクールで新人賞を受賞した作品となります」

 佐伯リカコの名前と拓海さんの名前を口にした時、会場内から大きくどよめくような声が上がる。
 佐伯リカコの名前を出すのは危険かと思ったけど、好意的な反応でほっとする。

「では、『フラワームーンの願い』どうぞお楽しみ下さい」

 マイクから離れて、拓海さんの方を見ると、やってくれたなという顔をしていた。
 拓海さんに渡してあった資料には「フラワームーンの願い」とは書いていなかった。だから拓海さんは今、初めて知る。

 事前に知らせなかったのは、拓海さんに止められる気がしたから。どうしても、今日この場で「フラワームーンの願い」を上映したくて、強硬手段に出た。勝手な事をしてあとで拓海さんに叱られそう。
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