雨宮課長に甘えたい  【コンテスト用】
 隣にいるだけで胸がいっぱいで、課長の顔が見られなくなる。

 課長の落ち着いた声とか、お箸を持つ長い指とか、桃子の話にふふっと笑う横顔とかが、胸を苦しくさせる。
 課長は高嶺の花だ。全てがカッコ良過ぎて困る。

 みんながハッとするような美人でもなく、桃子のように可愛い訳でもなく、恋愛経験の少ない私が課長に恋をするのはハードルが高い。

 課長には美人で、仕事も出来て、お料理も上手で、何でも卒なくこなす人が似合いそう。私では釣り合わない。いいんだ。眺めているだけで幸せだもの。課長に振り向いて欲しいなんて全然思っていないんだから。

「課長、ついでなんでお茶取ってきますね。奈々子も飲むよね?」
 いきなり桃子に聞かれた。

 えっ! 桃子テーブルから離れるの?
 私がお茶取りに行く! と言おうしたタイミングで桃子が席を立った。

 当然、雨宮課長と2人きりになる。
 ど、どうしよう。何話そう。話題、話題……。

「中島さん、僕と2人きりになるのが気まずい?」
 あたふたとしていたら、感情の読めない低い声が右側から落ちて来た。

「えっ」と右側を見ると、眼鏡の奥の瞳とぶつかる。
「僕の事、避けてる?」
 頬杖をついた課長が探るようにじっとこっちを見た。
 課長、避けていたの気づいていたの?
「いえ、あの、そういう訳では」
「そう」
 短く呟いた声が不機嫌そう。いつも穏やかな課長らしくない。何かに怒っているような感じもする。もしかして私に? 私、何かやらかしてた?

「あの、課長、怒っていますか?」
 私の質問に凛々しい眉がゆっくりと上がる。それから課長が何かを言った。しかし、その声を久保田の大声がかき消した。

「中島さん! 助けて下さい!!」
 視線を上げると、今にも泣きそうな顔をした久保田が立っていた。
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