雨宮課長に甘えたい  【コンテスト用】
 鏡に映ったパンダ目に落ち込む。会社を出る時は泣いてしまいそうな自分を鼓舞する為に、しっかりとメイクを直したけど、アイメイクが全部流れ、目の周りは真っ黒だ。ここまでメイクが崩れるなんて泣き過ぎ。

 この顔を雨宮課長に晒していたと思うと恥ずかしくて堪らない。泣いている所も見られたし、本当、今夜の私はみっともな過ぎる。

 もしかして雨宮課長がコーヒーを飲もうと言い出したのは、私にメイクを直させる為? 気を遣わせてしまったな。

 ファンデーションでパンダ目を消しながら、自嘲的な笑みがこぼれる。こうやって傷ついた心も綺麗にメイク出来たらいいのに。滅多なことで落ち込まないけど、今日はダメだ。全然、復活できない。

 ヴェネツィア映画祭、行きたかったな。なんでよりによって部下の久保田が私の代わりに行くのよ。映画祭の為に準備して来たのは私なのに。それに私にせっかく売り込んでくれたボルドー監督の作品を見送るなんて酷い。確かに大衆向けの作品ではないけど、あの映画はうちでやるべきだ。

 なんでわかってくれないのよ。バカ阿久津(あくつ)。あいつが配給プロデューサーになってから、私が目をつけた作品がことごとくダメで、久保田が選んだ作品ばかりが選ばれる。

 誰が上司になろうと変わらないと思っていたのに、この半年は苦い思いばかり。とうとう今日は阿久津から死刑宣告をされるし。

 ――中島には宣伝部から外れてもらうから。さっさと引継ぎしとけよ。

 帰り際に言われた言葉が胸をえぐる。
 宣伝部から外されるなんて、夢にも思わなかった。この八年、プライベートな時間も全部、映画に捧げて来た。

 結婚していく友人たちからは仕事に生きる奈々はカッコいいなんて言われていたけど、全然カッコよくない。ハリウッド俳優に会えたって、恋人の一人もいないし、こんな時に愚痴れる友人もいない。甘えられる恋人もいない。仕事以外の私は空っぽだ。

 いや、仕事もダメになったから、全部が空っぽ。全てが嫌になる。
 ダメだ。弱気になるな。雨宮課長が待っているんだから、鎧は脱げない。しっかりしろ、中島奈々子。私は強い。これぐらい何ともないんだから。
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