人質として嫁いだのに冷徹な皇帝陛下に溺愛されています
「え? 何のお話でしょう?」
「賢い割に記憶力は乏しいのだな」
「どういうことですか?」
ヴァルクがやけに感情的に声を荒らげるので、イレーナは狼狽えた。
しかも、ついさっき褒めてくれたのに今は叱られている。
混乱するイレーナを見て、ヴァルクは深いため息をついた。
「俺は、お前から具のないスープをもらって生き延びたんだよ」
「あ……あれ、私のことだったんですか?」
「どうして覚えてないんだよ!」
イレーナは驚愕の表情で固まった。
急いで記憶を辿ってみるものの、スープやパンを分け与えた人の数があまりに多くて顔を覚えていない。
「も、申しわけございません。幼い頃からずっと母についてあっちこっちでボランティアをしておりましたので、いつヴァルさまとお会いしたのか記憶にないのです。あまりにも多くの人と接していましたので」
「まあ、俺も平民の格好をしていたからな。森の中をさまよってボロボロだったし」
「そうですか……でも、そんなに昔から私を知ってくださっていたなんて」
だとすれば、彼はそのときの少女がイレーナだと知り、妃に迎え入れたのだろう。
それなら最初からそう言えばいいものを、噂で聞いた姫だからとか何とか、わざわざ別の適当な理由をつけて、意味がわからない。
(照れ屋さんなのかしら?)