人質として嫁いだのに冷徹な皇帝陛下に溺愛されています
11、アンジェ、動く
「おいっ! これは一体どういうことだ? 完全にあの側妃にやられっぱなしではないか!」
ガシャーンッとグラスが壁にぶつかり粉々に割れた。
床には葡萄酒のシミがじわじわと広がっている。
スベイリー侯爵が激怒し、周囲に怒鳴りつけていた。
「黙っていればあの側妃は陛下のそばで好き放題やっているではないか!」
侯爵の侍従は深く頭を下げたまま動かない。
その様子を遠目で見ているのは娘のアンジェだ。
特に驚くことも怯むこともなく、冷静に父を見据えている。
「おい、アンジェ!」
「はい、お父さま」
「お前は一体何をやっているのだ? 陛下はほとんどお前のところへ通っていないと聞くではないか」
「陛下はご多忙でございますので」
「だが、側妃のところへは通っているのだぞ」
「……そうですか」
抑揚のない返事をするアンジェにイラついたのか、侯爵はつかつかと彼女に近寄って平手打ちした。
パアアアァァンッと激しい音がして周囲が「うわっ」と悲鳴じみた声を上げる。
アンジェは叩かれたまま、微動だにしない。
その様子も気に入らないのか、侯爵は怒鳴りつけた。
「この出来損ないが! 私生児のお前を引き取って教育まで受けさせてやったのだぞ! 恩を忘れたのか?」
アンジェはゆっくりと侯爵へ目を向けた。