人質として嫁いだのに冷徹な皇帝陛下に溺愛されています

 イレーナはドレスが汚れてしまったことよりもまず、怒りの気持ちがわいてきた。

「アンジェさま、私に苛立ちを感じていらっしゃるなら言葉でおっしゃってください。この国にはパンも食べられない子どもたちがいるのです。食べ物で八つ当たりなどおやめください」

 イレーナの反撃に対し、アンジェは今度はイレーナの飲みかけのカップを持ち、中身の茶をぶちまけた。

(はぁ……この国の人たちは他人にお茶をかけるのが好きなのねぇ)

 腹が立つというより呆れてしまった。
 アンジェは今までにないほど取り乱している。
 肩で荒々しく息をして、イレーナを睨みつける。
 そこには気品あふれる正妃の姿などなかった。

「あなたのそういうところが、わたくしは大嫌いよ」
「生意気を言って、申しわけございません」
「正義ですって? そんなもの、皇城では通用しないわ」

 イレーナは黙り込んだ。
 これ以上、何を言ってもアンジェの怒りを買うことしかできないだろう。

 噂では聞いたことがある。
 どこの国も、妃がふたり以上いるところは、こうした問題に必ずぶち当たるのだ。
 イレーナの育ったカザル公国は一夫一婦制だったので、こんなことは起こらなかった。


< 124 / 177 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop