人質として嫁いだのに冷徹な皇帝陛下に溺愛されています

 まさか礼を言われるとは思っていなかったのだろう。
 アンジェは怪訝な表情で訊ねる。

「あなた正気? わたくしはあなたのドレスを汚したのよ」
「戻ってすぐに洗濯しますから。私はシミの落とし方をよく知っているんです」
「シミの落とし方? あなた、何を言っているの?」

 アンジェが呆気にとられているので、イレーナは少し心が軽くなった。
 もう彼女は怒っていないようだ。

「アンジェさま、私は何も望みません。妃になったのも皇帝の命を受けたからです。それ以外に理由などありません。ですから、私はこの皇城で地位や権力を欲することは決してありません」

 アンジェは気難しい表情をしたままイレーナを見つめる。
 そして、彼女は静かに椅子に腰を下ろした。
 額に手を当てて俯き、ため息をつく。

「アンジェさま?」
「あなたが心底うらやましいわ」
「えっ……?」

 アンジェは目線だけイレーナに向けて、冷静に語る。

「あなたはきっと、愛というものを知って育ったのね」

 それに対し、イレーナはどう返答すべきか悩んだ。
 その発言から察するに、アンジェはそうではないのだろう。


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