人質として嫁いだのに冷徹な皇帝陛下に溺愛されています
イレーナは横たわったまま目を開く気力もなかった。
ただ侯爵が周囲と会話をしている声だけは聞こえている。
(ヴァルクさま……お願い……早く、帰って……あなたの城が、あなたの国が、奪われようとしているわ)
声を出そうにも、力が入らず、無意味なかすれ声だけが口から洩れる。
そして体力が限界を迎え、意識を消失しようとしたとき、遠くから誰かの叫び声が聞こえた。
「た、大変です! 侯爵さま。ものすごい数の軍勢が我々の城へ近づいております」
「は、はあっ!? 何を言っているのだ? どこの軍勢だって?」
「セシルア王国の旗です。我が国とは同盟を結んでいるはず」
侯爵は冷や汗をかきながら急に狼狽え始めた。
「ま、まさか……皇帝はこのことを察知して」
会話の流れからイレーナは想像した。
おそらくヴァルクはスベイリー侯爵の反逆を見抜いており、事前にセシルア王国へ兵力を借りる交渉をしていたのだろう。
(今回はただの視察ではなかったのね。さすが陛下だわ)
イレーナは少し安堵して、そのまま意識を手放した。