人質として嫁いだのに冷徹な皇帝陛下に溺愛されています
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ヴァルクがまだ若い頃、護衛とはぐれて深い森の中で5日間彷徨った。
食糧はなかったが、川の水を飲んで凌いでいた。
ようやく見つけた古い建物には多くの民が押し寄せていた。
自分よりボロの衣服を身につけて、裸足で痩せこけた人々が、配給のスープをもらっているところだった。
その匂いにつられて彼がふらふらと向かっていくと、食事を提供していた大人たちが驚き、そして、空になった鍋を見てため息をついた。
「まだ子どもがいたのか」
「ああ、スープは全部配ってしまった」
ヴァルクはよだれを垂らしながら涙が出そうになった。
目の前に食べ物があるのに食べられない。
今までの人生でこんなことは初めてだった。
ヴァルクは声を殺して泣いた。
それを見ていた大人たちは何とか誰かのスープを分けてあげようと話し合った。
そこに、ひとりの少女が現れた。
それがイレーナだった。
彼女はスープを持った人たちに叫んだ。
「待って! まだ食べちゃだめ!」
イレーナは空っぽの皿を持って、スープを持つ人たちのところへ向かった。
そして、スプーンで全員のスープをひと口ずつ皿にすくっていったのである。
20人くらいの皿からひと口ずつ移すと、ひとり分のスープが出来上がった。
イレーナはそれをヴァルクに差し出した。
「はい、あなたの分よ」
ヴァルクにはイレーナが女神のように見えた。