人質として嫁いだのに冷徹な皇帝陛下に溺愛されています
「この国の王さまはね、自分のことが一番なの。だけど、このままじゃみんな死んでしまうわ。人がいなくなったら国は成り立たないってお父さまが言っていたもの。賢い王さまなら民のことを大切にするはずよ」
ヴァルクはイレーナを見つめてぼそりと呟く。
「賢い王さま……」
ヴァルクは急に自分のことが恥ずかしくなった。
皇城で家庭教師をつけて勉強に励み、剣の稽古をして強くなり、父から戦の仕方や政務について教わり、将来は立派な皇帝になるだろうと思っていたが。
(何も知らなかった。飢えがこんなに苦しいことも、民が食事さえできないことも、具のないスープがこんなに美味しいことも)
イレーナは大人たちと一緒に民たちに声をかけていた。
怪我をしているものは手当てをしてもらい、具合の悪い者には薬が与えられていた。
ヴァルクはその光景を見てひとり拳を握りしめた。
(賢い皇帝になろう。そして、いつか……)
イレーナのことは忘れられなかった。
無事に保護されたあと、ヴァルクはイレーナたちの前からひっそりと姿を消した。
他国の皇族であることがバレるわけにはいかなかったからだ。
それから数年かけて、ヴァルクはイレーナのことを突きとめた。
カザル公国の姫君だった。
(彼女を妃に迎えたい)
すでに正妃がいたし、イレーナは敗戦国の同盟国の娘だ。
周囲の反対は凄まじかったが、ヴァルクはイレーナを全力で守るつもりで妃に迎えたのだった。