人質として嫁いだのに冷徹な皇帝陛下に溺愛されています
「陛下にお会いするのに素顔というわけには……」
毎夜、念入りに湯浴みをして綺麗にしてから化粧を施してもらう。
それは皇帝が訪れるからである。
そうでなければ、イレーナは化粧どころか寝間着も質素なガウンだ。
「俺が素顔でいいと言っているのだ。そうすればいい」
ヴァルクはとんっとイレーナの肩を押す。
イレーナはふわっとベッドに仰向けに倒れた。
ヴァルクはイレーナの髪を撫でながらキスをする。
長い夜の始まりの合図。
いつもならこの心地よさに酔いしれるのだが、なぜか急に頭の中にアンジェの顔が浮かび、イレーナはとっさに拒絶した。
ヴァルクの肩を両手で押して離れる。
「どうした?」
「申しわけございません。少々、体調が……」
言ったあと後悔した。
体調が優れないなど皇帝の前では言いわけにもならない。
どんな状態であろうとも、皇帝のおこないを拒絶するなどあり得ない。
イレーナはドキドキしながらヴァルクの顔を見つめた。
すると――。
「そうか。具合が悪いなら仕方がないな」
意外にも彼はすんなり離れてくれたのだった。