人質として嫁いだのに冷徹な皇帝陛下に溺愛されています

 イレーナはふと思う。
 国のトップに立ち、国内外から狙われて、味方のいない人だ。
 自分の城にいても敵だらけなのである。
 どれほどの孤独を抱えて生きているのだろう。

(本当はお寂しい方なのかしら?)

 今イレーナが抱きしめているのは皇帝ではなく犬である。
 それも、寂しがり屋の可愛らしい犬だ。
 そう思うと、恐怖心など吹き飛んでしまった。

 そして、とても、愛おしいという気持ちが芽生えてきた。
 しかしそれは、決して口にしてはいけない。

 正妃がどれほどよその男と関係を持っていようとも、正妻は彼女なのだから。
 イレーナはお飾りにすぎないのだから。
 出しゃばってはならないのだ。

「何もしないからこのまま一緒に寝てくれないか?」
「私に断る権利など……」
「嫌ならすぐに出ていく」
「いいえ。嫌ではありません!」

 するとヴァルクはイレーナを抱いたままベッドに横になった。
 イレーナは彼の胸に顔をぴったりくっつけた格好になっている。
 これだけでもドキドキして落ち着かない。
 それどころか、彼が優しく髪を撫でてくれるから、イレーナの身体はどんどん火照っていった。

(どうしよう。勘違いしてしまう。これではまるで、愛されているような気になってしまう)



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