人質として嫁いだのに冷徹な皇帝陛下に溺愛されています
スベイリー侯爵は口髭を指でくるくるさせながら、ふんっと鼻を鳴らした。
「まあ、よい。アンジェがいる限り我々がもっとも皇帝に近しい人間であることは確かだ。だが、ひとつ懸念はある」
侯爵は背後にいるアンジェへと顔を向けた。
「アンジェ、陛下のお子はまだなのか?」
するとアンジェは笑顔で答えた。
「こればかりは授かりものですから」
侯爵は娘を睨みながら、ちっと舌打ちした。
「早急に子を身籠るのだ。決してあの妃に先を越されてはならんぞ」
「努力いたしますわ」
にこにこするアンジェに対し、侯爵は怪訝な表情をしている。
アンジェは嫁いで1年も経つのに皇帝との子をまだ身籠らないことに、侯爵は苛立ちを感じていた。
もしや子の出来ない身体なのでは、と思って医師に見てもらったが、どこも問題はないという。
皇帝の血を引いた孫が出来ればより権力を得ることができる。
だが突然の側妃の登場によってスベイリー侯爵は焦っていた。
「あちらが先に身籠りでもしたら……」
スベイリー侯爵の表情はまるで悪魔に憑りつかれたようにおぞましい顔をしていた。
アンジェはそんな父を、ただ冷めた目で見つめるだけだった。