人質として嫁いだのに冷徹な皇帝陛下に溺愛されています
「では、いってらっしゃいませ」
イレーナ付きの侍女リアと使用人たちは城で留守番だった。
ヴァルクとイレーナには侍従のテリーが付き添い、少し離れたところに護衛騎士が何人もいた。
町の近くの森まで、カモフラージュのための古びた馬車で移動したあとは歩いて町へ入った。
「ふむ。どう見ても喧嘩好きの町の大工と食堂の娘ですね」
テリーが感心したように言うと、ヴァルクは真面目な顔で淡々と答えた。
「俺は喧嘩好きという生易しいものではないぞ」
「はい、存じております。もしも喧嘩を吹っかけてくる者がいれば、その者は5秒後には息をしていらっしゃらないでしょう」
ふたりの淡々とした会話にイレーナはすかさず突っ込む。
「ちょっと、やめてくださいよ! 陛下、お願いですから誰も殺したりしないでくださいね!」
「お前は! まだ名前で呼んでくれないのか!」
憤慨するヴァルクに対し、テリーは呆れ顔でもらす。
「問題はそこではありません。イレーナさま、名前呼びをなさらないと正体がバレてしまいますぞ」
それはまずい。せっかくのお忍びが大騒ぎになって町中大混乱だ。
「あ、そうだったわね。つい……」
イレーナは少し上目遣いでヴァルクを見つめながら小声で言う。
「ヴァルクさま」
名前を呼ばれたヴァルクはイレーナを抱き寄せて髪をくしゃくしゃ撫でた。
「可愛いやつだな。本当に!」