人質として嫁いだのに冷徹な皇帝陛下に溺愛されています
しばらく走って追手がいなくなった頃にようやくヴァルクはイレーナを下ろしてくれた。
そこは先ほどよりも建物が古く人々の格好も質素だった。
都から少し離れているのだろう。
イレーナを担いでかなり長い距離を走ったのに、ヴァルクは息も切らしていない。
戦で鍛えられた体力と強靭な身体を見て、なぜかただ運ばれただけのイレーナがどっぷり疲れた。
「こんなことをして、あとでテリーさんにすっごく怒られますよ?」
「構わん。それでも俺はお前とふたりきりになりたかった」
「えっ……?」
イレーナはどきりとして言葉に詰まる。
そんなふうに言われると、また勘違いしてしまう。
ふいに香ばしい匂いがして、イレーナはそちらへ目を向けた。
そこにはひと口大の肉の塊をいくつか串に刺して焼いている店があった。
(そういえば、お腹が減ったわ)
イレーナがじっと串焼きの店を見ていたせいか、ヴァルクが笑って訊ねた。
「あれが食いたいのか?」
「え? えっと、いいえ……」
「遠慮するな。俺が買ってきてやる」
「そんな、だめです!」
庶民の店の食べ物を口にしたことのあるイレーナはとっさに制止した。
城で高級な料理ばかり食べている者が突然庶民の食べ物を口にすると胃腸を壊してしまう恐れがあるのだ。