人質として嫁いだのに冷徹な皇帝陛下に溺愛されています
ヴァルクは食べ終えたあと、ふたたび店主に明るく声をかけた。
「美味かったぞ。この店とあんたのことは忘れないだろう」
「ありがたいね。また来てくれよ」
「ああ、またな」
そう言ってヴァルクはイレーナの手を取る。
イレーナは慌てて店主に「ありがとう」と礼を言って、ヴァルクとともにこの場を去った。
しばらく町を歩いていると、少し景色に変化があった。
中央市場のあたりは賑やかだが、このあたりは静かだ。
建物も古く、みすぼらしい服装をした者が行き交う。
貴族であれば当然足を踏み入れる場所ではないだろう。
しかし、ヴァルクは平然と歩いている。
それも無言だ。
気まずくなったイレーナはヴァルクに声をかけた。
「そういえば、陛……ヴァルさまは先ほどの食べ物にまったく抵抗がなかったのですね?」
「ん? ああ、戦場ではあのように野営で肉を焼いて食うからな」
「そうなんですか」
「それに……平民の格好も初めてではない」
「え?」
ヴァルクは立ち止まり、なぜかイレーナと向かい合う。
その視線はやけに鋭く、つい先ほどまでふざけていたのが不思議なくらいだ。