人質として嫁いだのに冷徹な皇帝陛下に溺愛されています
「あの、ヴァルさま……」
「子どもの頃、異国の地で迷子になったことがある」
「は、はあ……」
急に幼少の頃の話を始めたので、イレーナは戸惑った。
だが、ヴァルクはそのまま続ける。
「護衛と離れてひとりで森の中をさまよった。腹が減って死にそうになっていたとき、美味そうな匂いがしてつられて行ったら、古い食堂があってな」
「……はい」
「そこは食糧が不足していてすでに他の者たちに分け与える分しかなかった。だが、店の者は俺に食べ物を分けてくれた」
イレーナはじっとヴァルクの話に耳を傾ける。
「具のないスープだったが、美味かった。あれからどんな豪勢な料理を食べても、あの味には勝てない。おそらく生涯あのような食事にはありつけないだろう」
ヴァルクは口もとに笑みを浮かべながら、なつかしそうに話す。
その姿を見たら、イレーナは胸の奥が熱くなった。
彼はそういった過去があるからこそ、平民に対してもあのような接し方ができるのかもしれない。