冴えない男子は学校一の美少女氷姫と恋人になる
「さすがに混んできたね。そろそろイルカショーの時間だし移動しようか」
「うん、そ、そうね。イルカショー……楽しみにしてるからねっ」

 人の波に逆らいながら移動し始めるも、思った以上に進まず逆に押し戻されてしまう。
 左右から押し寄せる波に逆らえず、ふたりは向き合ったままお互いの距離がゼロとなる。

 近すぎるふたりの顔が僅かに赤い。
 まるでキスする寸前のように、瑞希が誠也にしなだれかかる。
 互いの鼓動は激しくなり、見つめ合ったまま時間が止まってしまった。

「あ、あの、これはわざとじゃないから」
「そんなこと言わなくても分かってるわよっ」

 吐息が肌に伝わるくらいの距離。
 動こうにも中々上手く動けず、人の流れに押されるがまま、誠也は瑞希を必死に守りながら密集地帯から抜け出した。

 鳴り止むことのない鼓動がふたりを離す。
 恥ずかしさからお互いの視線は交差せず、心が落ち着くまでしばらく時間がかかった。

「それじゃ仕切り直しでイルカショーに向かおうか」

 デート中だから手を繋ぐ──誠也は言われたことを忠実に実行しただけなのだが……。

「きゃっ」
「ご、ごめん……」

 誠也が恋人繋ぎで握ろうとすると、瑞希は反射的に声を上げた。
 悪気があったわけではない。
 さっきの出来事が瑞希の頭の中で妄想化し、突然現実世界へ戻され驚いただけ。心の準備が整っておらず、つい可愛い悲鳴を上げてしまった。

「べ、別に誠也が悪いわけじゃないのよ。ちょっとだけビックリしただけだから」
「それじゃ、手を繋いでも……」
「いいに決まってるでしょっ! いちいち聞かないでよねっ」

 再び繋がれるふたりの手。
 偽りの恋人繋ぎであろうと、どこかホッとしてしまう。
 心に何かを刻みつけ、誠也と瑞希はイルカショーの会場へと足を運んだ。

 開演時間まではもう少し時間があり、観客の姿は疎らだった。
 座る席は選びたい放題、最前列だろうと今なら簡単に座れる。

 学校では見せたことのないテンションの上がり方で、瑞希は誠也の手を引っ張りながら最前列へ座ろうとしていた。

「ねぇ、ここがいい。この場所じゃなきゃ絶対イヤ」
「僕は構わないけど、もしかしたら水を被るかもしれないよ?」
「それでもいいのっ! まったく、誠也は口うるさいんだから」

 子どもが駄々をこねるように、瑞希の小顔が膨らんでいく。
 氷姫──学校では表情を一切変えないのに、なぜか誠也の前では仮面が外れたようになる。

 これも演技のひとつなのか。
 偽りだと知られないための計算に違いない。
 誠也は揺れ動きそうになる心を強引に止めた。
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