冴えない男子は学校一の美少女氷姫と恋人になる
「うっ、そ、それはね……誠也のためよ。だって誠也ってこういうの慣れてないでしょ? だからその練習をここでしよう思って……。この優しい私に感謝しなさいよね?」

 最後だけ氷姫の仮面を被るも、何かを誤魔化しているのが丸わかり。
 恥ずかしさから顔が真っ赤に染まり、もはや偽りの氷姫にしか見えない。

 そこまでして隠したい本当の理由とは?
 言えない、言えるわけがない。練習は自分のため。もし練習なしで、あーんを教室などでしたら──氷姫の姿を保てる自信がないなど。

 しかし本当に理由はそれだけ?
 それは分からない。瑞希本人も、どうしてこんなことを言い出したのかすら理解不能。
 心の奥で何かが囁き、その声に耳を傾けただけなのだから……。

「そ、そうだね。ぎこちなかったら怪しまれるからね」

 純粋に瑞希の言葉を信じる誠也。
 どうやら人を疑うことを知らないようで、真剣な眼差しで返事をしていた。

 これは決して騙しているわけではない──まっすぐ向けられる瞳に罪悪感が湧き、瑞希は自分にそう言い聞かせる。

「そ、それでは、私が食べさせてあげませね。はい、あーん──」

 恥ずかしさを必死に押し殺し、震える手で誠也の口元へ運ぶ。
 心臓が破裂しそうなくらい大きな音を鳴らし、流れる時間がゆっくりに感じる。

 これくらいのことで緊張していてはダメだ。
 本当の目的はこのあとにあるのだから……。

「どう……? 美味しい? 美味しいでしょ? 美味しいに決まってるよねっ」
「は、はい、とても美味しい……です」

 言わせた感満載だが、その言葉は瑞希に笑顔をもたらす。
 光り輝くような笑顔、氷姫のときには絶対に見せない顔。
 初めて見せたその笑顔は、誠也の中に何かを刻みつけた。

「そうでしょ、そうでしょ。だって、この私が食べさせてあげたんですからね」
「そうだね、瑞希の手から食べると一段と美味しいかな」

 軽い冗談のつもりだった。
 それが真面目に返答される、という予想外の出来事が瑞希の顔を真っ赤に染め上げる。

「ば、はかっ。冗談に決まってるじゃないのっ」
「あははは、ごめん、ごめん」
「もぅ、空気ぐらい読んでよね」

 誤魔化してはいるものの心音はさらに激しくなり、隣にいる誠也にまで聞こえそう。必死に胸を押さえ込み、瑞希は音が聞こえないようにする。

 なんで自分だけ、こんな恥ずかしい思いをしないといけないのか。
 誠也はどうして平然としていられるのか。
 女性慣れしていないはずなのに、瑞希は不思議でしかたなかった。
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