今はまだ、折れた翼でも
振り返れば、奥の部屋の扉から母さんが顔をのぞかせていた。



「のぞむ……」


「……母さん」



一週間ぶりに見た、母さんの顔。やつれていて、髪もぼさぼさで。

翼が目覚めるまでもう部屋から出てこないんじゃないかって思ってたから、顔に出る驚きを隠せない。


さっきの勢いをなくした足は、ゆっくりと母さんのほうへ進む。

俺が目の前まで来たとき、母さんはまっすぐ俺を見上げた。


そして、水分を失ったぱさぱさの唇を開く。



「望……」

「かあさ……」



俺がそう、呼ぼうとしたときだった。



「望……学校は、北田高校に行って……」


「は……?」



一瞬、耳を疑った。

だって、俺の志望校は藤咲高校だ。レベルが高くて届かないから変えろと言われるのは分かるが、藤咲高校の模試判定で俺はAだった。

それを家族は、母さんは知っているはずで。


北田高校は……翼が通っている学校だ。

俺を見つめる瞳が、怖い。



「今日から、あなたは翼になるの。ううん、あなたは翼にはなれない。だから、せめてあの子に出来なかったことを全部やってほしい。ね————望?」



母さんに望と呼ばれたのは、それが最後だった気がする。

『白岩望』、として。



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