今はまだ、折れた翼でも
気づいたら、目の前に女の顔があった。

肩より長い黒髪を下のほうで二つに縛り、こちらを覗き込んでいる。


俺は、天国に来たのか。この女が、神様かなんかか。うつろな頭ではぼんやりとしか考えられない。

というか、俺は死んだとき地獄に行くもんだと思ってた。


生きている間、地獄に行くそれ相応のことをしてきたから。



その女が鳥越映茉という名前で、俺のことを助けてくれたと知ったのは、すぐのことだった。

薄い生地の服から伸びる細くて白い手足が、今にも消えそうだと思った。


自分の名前を言うときにかんで、恥ずかしかったのか突然床に座り込んだり。

俺の差し出した手を見て、傷を心配し始めたり。

感情の忙しい奴だな、というのが第一印象だった。


こっちが試しに「映茉」と呼んだら、ふわりと笑って返事をしてから俺の名前を呼ぶ。

それが苗字だったことに少し驚いたが。


映茉の家は、とても賑やかだった。

人のよさそうな両親に祖父母だと思われる夫婦と、若い大学生の叔父。


食卓には笑顔が溢れていて、温かな雰囲気。

久しぶりに味わった感覚だった。

理由も聞かずに俺をこの家に置いてくれることになってしまった食後。


どこの馬の骨かも分からない俺に、ここまでしてくれるこの家族が不思議だった。

分からないというより、不思議だ。


とはいえ、さすがにこのまま世話になるわけにもいかない。

だからって、家に帰りたいかと言われればそうでもなかった。

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