偽る恋のはじめかた
10 言い逃げ
桐生課長と一緒に会社に戻ったけど、幸いなことに、誰にも見られることはなかった。
普段と変わらない部署の雰囲気。
私達のことは全くバレてなさそうで安堵した。
⋆⸜꙳⸝⋆
窓からは刻々とオレンジに染まる夕焼け空が見え始める。綺麗な夕焼けと、壁の片隅に飾られている時計を交互に見つめては、小さな溜息を吐いた。
時計の針がチクタクと進み、いつもより午後の勤務時間が過ぎるのが早く感じたのは、心ここに在らずで緊張しているせいだろうか。
もうすぐ定時の時間を指そうとしている時計を何度も見つめては、実行できずにいた。
隣のデスクに座る黒須君に「少し話さない?」と声をかけるだけ。たったそれだけのことなのに、なかなか声を掛けられなかった。
黒須君の言葉の真意を確かめたいのと、きちんと話したいと思うのに、なかなか勇気が出なかった。
「椎名さん、5分だけ俺にください」
「・・・・・・はい」
誘うタイミングを見計らっていたら、黒須君の方から誘ってくれた。誘われるとは思ってなかったから思わず敬語になってしまった。
そんな私を見て、黒須君は優しい笑顔を見せた。
その笑顔に胸がきゅっとなる。